2008年06月06日
俺はタンクマン9 『少年編』
絶望という扉が今開かれる。
お兄ちゃんは、後ろ手で僕をかばう。
もう一方の手で野球のバットを振り上げ、まっすぐドアを睨みつける。
ママはもう動かないし、
パパはずいぶん前に出て行った。

ノイズしか映らないテレビがプンッて音を立てて切れた。
コメディもアニメもやっていなくてもいいんだ。
砂嵐でもいいやって今は思う。
真っ黒の画面はライフラインが断たれたって事。
それは僕らの町があいつらに完全に囲まれたニュースを知らせる。
もうキッチンからワッフルの匂いはしない。
焼き過ぎたベーコンの匂いもない。
アイスクリームは汗をかきながらグリンピースと一緒に溶けた。
電気、煙、血。町が放つ強烈な死の匂い。
さっきまで叫んでうるさかった歌手だって女の人。
オーディションに間に合わないって怒っている。
ブツブツ言ってたけどソファーから起き上がれないくらい疲れている。
「ふざけんじゃないわよ。せっかくのチャンスなのに」
昨夜おそくにリビングの壁を突き破って入って来たトラック。
乗っていたのは車椅子のおじいさんだった。
運転席のおばあさんは天国に行ってしまったのに、まだ悪態をついている。
おばあさんが作った膝掛けを、ずっと握っている。
いつもの意地悪を言っても、おばあさんは帰ってこないのに。
ライフルに弾丸を込められないほど震えている指。
震えはきっと病気だけのせいじゃない。

あいつらは宇宙からUFOに乗って来たんじゃなくて、
怪しい研究所の試験管から逃げたのでもなくて、
もとは新しいあのショッピングモールからやって来た。

高台のアパートの近く。大穴にも巣を作りはじめている、あいつら。

広告には、ひとつで半L$、みっつで1L$って売り文句。
洗剤だった。あいつらはその箱に潜んでいた。
新発売ってワクワクするのは子供だけじゃないからね。
こんな田舎町に不釣り合いなくらい大きくて、きれいで、なんでもあるモール。
町中の車を停めても平気なほど駐車場は広かった。
楽しそうな音楽と、おどけたマスコットにみんな簡単に騙された。
CMの中の家族は大きな紙袋にたくさんの食べ物を詰め込んでいた。
最後に必ずこんな文字が流れて。
『ようこそ、みなさん。
私どもはあなたとご家族の期待を裏切りません!』


洗剤の箱から音も立てないで降り立つ、数センチの生物。
尽きない食欲。残忍な性格。小さな殺戮者。
まずは自分を大きくする為の栄養を摂取。
ガソリンを食べたヤツも多くて、げっぷするとひどく匂う。
チョコを身体に入れたヤツらなんかは空腹でフラフラしている幼児を甘い香りで誘った。
でも厄介なのは犬や人を選んだヤツらで、
筋肉も発達して強かったし、粗末だけど知性を持っていた。
最後にやって来たのは、モールで働いている外人さんだった。
ドンドンとドアを叩いて、僕らをすごく驚かせた。
汚れた制服に大きめのナイロンのバッグを大事に抱えていた。
片目の傷をタオルで覆っているけど、もう真っ赤だ。
言葉は分からなかったけど、おじさんとお兄さんの間くらいの年齢に見えた。

僕のママは、それでもマシってくらいのシンクの下に寝かされている。
部屋は散らかってるし、外に出られなくなって8日は経っているから、ひどい有様だった。
食料も少なくなっている。水も残りわずか。
はじめのうちは向かいのストアの食料を充てにできたけど。
バスタブには水を貯めてある。それでも唇が乾いてガサガサだ。
オシッコなんかは、勝手口からササッてやる。
生きた心地がしないからお腹にいつも違和感があるふうに思う。

こんな生活になって何日だろう。
最初は警察や有志が集まってあいつらを追い払うつもりだった。
バーの用心棒だとか、大きなバイクに乗った一団。神父様までいた。
ゴルフクラブやショットガンで武装して、
興奮した男の人たちは町を取り返せって叫んでいた。

彼らは分かっていなかったんだ。あいつらは学習するってことを。
少しずつ自分達の動きを封ぜられて、気持ちまでコントロールされてしまった。
恐怖に取り憑かれた人々は脆かった。
オモチャの兵隊みたいに簡単に壊れた。
大人たちは家に籠って神に祈るしかできなくなった。
ママは勇敢で、みんなに親切だった。
この町で唯一残ったろう車。バスなんだけど。
ドライバーのポチさんは大丈夫かな?
そうだ、ママの話しだった。
停留所の一番近くが僕らの家だ。
逃げ込んで来た人々を優しく招き入れたママ。
バスまでちょっとなのにヤツらはもう陣取っていたから、うちしか避難場所はない。
近づくとかぎ爪を鳴らして威嚇したり、飛びかかる真似をするヤツまでいる。
ポーチの階段の脇に隠れたヤツに背中を引き裂かれたママ。
それは一瞬の間に起こってしまって救うことはできなかった。
ママには驚きの表情しかなかった。まるで鍵をかけ忘れたって時みたいな顔。
きっと今でも身体が動かないことが信じられないんじゃないかな。
ママは森林警備隊の仕事に誇りを持っていて町では知らない人がいない。
美人な方だと思うけど、いい寄る男たちをサラリとすり抜けた。
もしかしたら仲の良い男友だちも居たかもだけど。
パパは何でママを残して出て行ったんだろう?
僕が疑問を投げかけられる歳じゃない頃、居なくなった。

外からは嫌な音で話すあいつらの声が聞こえていて、
怪物たちがお腹を空かせたら次こそ、もうダメだって思う。
僕は痩せっぽちだから骨ばかりで美味しくはないだろうけど、
あの変なのの口に入るのかな?
考えただけで吐き気がするし、怖くて頭をどこかにぶつけたくなる。
ほんの何秒か音が止んでギャッギャッてうるさくなって来た。
どんどんその声は大きくなって狂ったお祭りみたいだ。
10数匹の小さな悪魔たちは家の前まで来ている。
ファッファーン!
クラクションの音。
はじめは幻聴かな?って思っていたけど、わずかに地面からも響くのだから本当だ。
板を打ち付けた窓の隙間から大通りをのぞくと灰色のバスがこちらに向かって来ている。

あいつらを踏みつぶしてやって来る。
きっと髭面のドライバーは戦っていて、
車内から手招きしているはずだ。
おじいさんが言った。
「おい、あんた。あんたが先に行ってくれ」
制服の男の人は首を横に振った。
血が多く流れたからか顔が青い。
目線は女の人に向かっている。
「じょ、冗談じゃないわよ。あんたのそれ、まだ動くんでしょ?」
おじいさんの電動の車椅子を指さしている。
みんな恐怖で顔が引きつって、罵声が大きくなる。
ヒステリックな空気と怒気がミックスされる。
僕らを叱るくせに、大人っていい加減だ。
「やめろ!」
お兄ちゃんが大声を上げた。
「僕が一番はじめだ」
8つの目が13歳の少年を見つめる。
「あんたは大きいからおじいさんを抱えて走って。
お姉さんは、弟の手を引いて欲しいんだ。まだ小さくて心配だからね」
唖然とする大人たちなんか気にしないで、お兄ちゃんは続けた。
「これまで僕はパパが嫌いだった。
でも同じくらいママが嫌いだった。
いっつも人のことばかり心配して自分を後回しにするのは見ていて、つらかった。
野球をしていたのも意味なんかないんだ。
楽しくなかった。
ただ三塁から走って来るランナーにミットを叩き付ける時だけ気持ちよかったんだ。
でも分かったよ。
野球、もっとしたいよ。
できるならママにもう一度見せたい。それからパパにもね。
ママはやっぱり偉い人だった。すごいよ。震えが止まらないよ。
それでもママは戦ってくれた。
僕はキャッチャーだけど、この中では一番脚が速いから僕が行く」
いっぺんに話したことと大人たちの視線に、顔を紅潮させる。
お兄ちゃんは僕の方に向くとポケットから小さなメモを渡して言った。
「よく聞け。お前には黙っていたけど。
パパの住んでるところだ。
バスに乗って会いに行こう。
ママの最後を聞かせてやるんだ。
いいか。学校の方へ走るからな。逆に走るんだ。
みんなが安全ってところになったら、バスに走るから。
必ず会いに行こう、父さんに」
僕は涙があふれて、怖くて、嫌で、困って、
お兄ちゃんのベルトの端を離さなかった。
そっと僕の手を握ってベルトから遠のける。
「おいおい。おまえが僕から借りた5L$、まだ返してもらってないんだぜ。
お金は兄弟でもキッチリ取り立てるのは、一番よく知ってるおまえだろ?
ちょっと、そこ使わせてくれ」
両の脚を肩幅に広げ、左肩の服をちょっとなおして、片足を上げ、スイング。
昔いた大リーガーのバッティングフォームだ。お兄ちゃんの夢。プロリーガー。
その顔は真剣で何かを見つめていた。絶対に。
お兄ちゃんの顔はバットが振られる度に不思議とリラックスしていった。
僕はお姉さんの手を取った。
一瞬おどろいてたけど、お姉さんは強く握り返してくれた。
きれいなヒールを脱ぎ捨てて、ママのスニーカーを履いている。
涙で汚れたメイクはインディアン達のウォーペインティングのようだった。
おじいさんは猟銃に弾丸を込められた。
膝掛けは腰にきつく結ばれている。
これならハンティングの自慢話も嘘じゃないって思う。
男の人はバッグからたくさんの玩具とマンガ本を出して、
プラスチックの写真立てから一枚の写真を引き抜いて、胸ポケットに入れた。
きっと遠くに住んでいる家族へのプレゼントだったんだ。優しく床に置く。
おじいさんを抱えるから、諦めなきゃいけないけど後悔していない目だ。
「行くよ」
お兄ちゃんの声に皆はうなずく。
みんなにはそれぞれ扉があって、開けるのは自分ひとりしかいない。
材質の違うそのドアを、嫌な予感がしても、開かなければならない時がある。
きっと助けられないけど、でも横を向けば、踏み出せないその人に声くらいは届くと思う。
僕の立っているここから、できることだってあるんだ。


僕は覚悟を決めた。
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お兄ちゃんは、後ろ手で僕をかばう。
もう一方の手で野球のバットを振り上げ、まっすぐドアを睨みつける。
ママはもう動かないし、
パパはずいぶん前に出て行った。

ノイズしか映らないテレビがプンッて音を立てて切れた。
コメディもアニメもやっていなくてもいいんだ。
砂嵐でもいいやって今は思う。
真っ黒の画面はライフラインが断たれたって事。
それは僕らの町があいつらに完全に囲まれたニュースを知らせる。
もうキッチンからワッフルの匂いはしない。
焼き過ぎたベーコンの匂いもない。
アイスクリームは汗をかきながらグリンピースと一緒に溶けた。
電気、煙、血。町が放つ強烈な死の匂い。
さっきまで叫んでうるさかった歌手だって女の人。
オーディションに間に合わないって怒っている。
ブツブツ言ってたけどソファーから起き上がれないくらい疲れている。
「ふざけんじゃないわよ。せっかくのチャンスなのに」
昨夜おそくにリビングの壁を突き破って入って来たトラック。
乗っていたのは車椅子のおじいさんだった。
運転席のおばあさんは天国に行ってしまったのに、まだ悪態をついている。
おばあさんが作った膝掛けを、ずっと握っている。
いつもの意地悪を言っても、おばあさんは帰ってこないのに。
ライフルに弾丸を込められないほど震えている指。
震えはきっと病気だけのせいじゃない。

あいつらは宇宙からUFOに乗って来たんじゃなくて、
怪しい研究所の試験管から逃げたのでもなくて、
もとは新しいあのショッピングモールからやって来た。

高台のアパートの近く。大穴にも巣を作りはじめている、あいつら。

広告には、ひとつで半L$、みっつで1L$って売り文句。
洗剤だった。あいつらはその箱に潜んでいた。
新発売ってワクワクするのは子供だけじゃないからね。
こんな田舎町に不釣り合いなくらい大きくて、きれいで、なんでもあるモール。
町中の車を停めても平気なほど駐車場は広かった。
楽しそうな音楽と、おどけたマスコットにみんな簡単に騙された。
CMの中の家族は大きな紙袋にたくさんの食べ物を詰め込んでいた。
最後に必ずこんな文字が流れて。
『ようこそ、みなさん。
私どもはあなたとご家族の期待を裏切りません!』


洗剤の箱から音も立てないで降り立つ、数センチの生物。
尽きない食欲。残忍な性格。小さな殺戮者。
まずは自分を大きくする為の栄養を摂取。
ガソリンを食べたヤツも多くて、げっぷするとひどく匂う。
チョコを身体に入れたヤツらなんかは空腹でフラフラしている幼児を甘い香りで誘った。
でも厄介なのは犬や人を選んだヤツらで、
筋肉も発達して強かったし、粗末だけど知性を持っていた。
最後にやって来たのは、モールで働いている外人さんだった。
ドンドンとドアを叩いて、僕らをすごく驚かせた。
汚れた制服に大きめのナイロンのバッグを大事に抱えていた。
片目の傷をタオルで覆っているけど、もう真っ赤だ。
言葉は分からなかったけど、おじさんとお兄さんの間くらいの年齢に見えた。

僕のママは、それでもマシってくらいのシンクの下に寝かされている。
部屋は散らかってるし、外に出られなくなって8日は経っているから、ひどい有様だった。
食料も少なくなっている。水も残りわずか。
はじめのうちは向かいのストアの食料を充てにできたけど。
バスタブには水を貯めてある。それでも唇が乾いてガサガサだ。
オシッコなんかは、勝手口からササッてやる。
生きた心地がしないからお腹にいつも違和感があるふうに思う。

こんな生活になって何日だろう。
最初は警察や有志が集まってあいつらを追い払うつもりだった。
バーの用心棒だとか、大きなバイクに乗った一団。神父様までいた。
ゴルフクラブやショットガンで武装して、
興奮した男の人たちは町を取り返せって叫んでいた。

彼らは分かっていなかったんだ。あいつらは学習するってことを。
少しずつ自分達の動きを封ぜられて、気持ちまでコントロールされてしまった。
恐怖に取り憑かれた人々は脆かった。
オモチャの兵隊みたいに簡単に壊れた。
大人たちは家に籠って神に祈るしかできなくなった。
ママは勇敢で、みんなに親切だった。
この町で唯一残ったろう車。バスなんだけど。
ドライバーのポチさんは大丈夫かな?
そうだ、ママの話しだった。
停留所の一番近くが僕らの家だ。
逃げ込んで来た人々を優しく招き入れたママ。
バスまでちょっとなのにヤツらはもう陣取っていたから、うちしか避難場所はない。
近づくとかぎ爪を鳴らして威嚇したり、飛びかかる真似をするヤツまでいる。
ポーチの階段の脇に隠れたヤツに背中を引き裂かれたママ。
それは一瞬の間に起こってしまって救うことはできなかった。
ママには驚きの表情しかなかった。まるで鍵をかけ忘れたって時みたいな顔。
きっと今でも身体が動かないことが信じられないんじゃないかな。
ママは森林警備隊の仕事に誇りを持っていて町では知らない人がいない。
美人な方だと思うけど、いい寄る男たちをサラリとすり抜けた。
もしかしたら仲の良い男友だちも居たかもだけど。
パパは何でママを残して出て行ったんだろう?
僕が疑問を投げかけられる歳じゃない頃、居なくなった。

外からは嫌な音で話すあいつらの声が聞こえていて、
怪物たちがお腹を空かせたら次こそ、もうダメだって思う。
僕は痩せっぽちだから骨ばかりで美味しくはないだろうけど、
あの変なのの口に入るのかな?
考えただけで吐き気がするし、怖くて頭をどこかにぶつけたくなる。
ほんの何秒か音が止んでギャッギャッてうるさくなって来た。
どんどんその声は大きくなって狂ったお祭りみたいだ。
10数匹の小さな悪魔たちは家の前まで来ている。
ファッファーン!
クラクションの音。
はじめは幻聴かな?って思っていたけど、わずかに地面からも響くのだから本当だ。
板を打ち付けた窓の隙間から大通りをのぞくと灰色のバスがこちらに向かって来ている。

あいつらを踏みつぶしてやって来る。
きっと髭面のドライバーは戦っていて、
車内から手招きしているはずだ。
おじいさんが言った。
「おい、あんた。あんたが先に行ってくれ」
制服の男の人は首を横に振った。
血が多く流れたからか顔が青い。
目線は女の人に向かっている。
「じょ、冗談じゃないわよ。あんたのそれ、まだ動くんでしょ?」
おじいさんの電動の車椅子を指さしている。
みんな恐怖で顔が引きつって、罵声が大きくなる。
ヒステリックな空気と怒気がミックスされる。
僕らを叱るくせに、大人っていい加減だ。
「やめろ!」
お兄ちゃんが大声を上げた。
「僕が一番はじめだ」
8つの目が13歳の少年を見つめる。
「あんたは大きいからおじいさんを抱えて走って。
お姉さんは、弟の手を引いて欲しいんだ。まだ小さくて心配だからね」
唖然とする大人たちなんか気にしないで、お兄ちゃんは続けた。
「これまで僕はパパが嫌いだった。
でも同じくらいママが嫌いだった。
いっつも人のことばかり心配して自分を後回しにするのは見ていて、つらかった。
野球をしていたのも意味なんかないんだ。
楽しくなかった。
ただ三塁から走って来るランナーにミットを叩き付ける時だけ気持ちよかったんだ。
でも分かったよ。
野球、もっとしたいよ。
できるならママにもう一度見せたい。それからパパにもね。
ママはやっぱり偉い人だった。すごいよ。震えが止まらないよ。
それでもママは戦ってくれた。
僕はキャッチャーだけど、この中では一番脚が速いから僕が行く」
いっぺんに話したことと大人たちの視線に、顔を紅潮させる。
お兄ちゃんは僕の方に向くとポケットから小さなメモを渡して言った。
「よく聞け。お前には黙っていたけど。
パパの住んでるところだ。
バスに乗って会いに行こう。
ママの最後を聞かせてやるんだ。
いいか。学校の方へ走るからな。逆に走るんだ。
みんなが安全ってところになったら、バスに走るから。
必ず会いに行こう、父さんに」
僕は涙があふれて、怖くて、嫌で、困って、
お兄ちゃんのベルトの端を離さなかった。
そっと僕の手を握ってベルトから遠のける。
「おいおい。おまえが僕から借りた5L$、まだ返してもらってないんだぜ。
お金は兄弟でもキッチリ取り立てるのは、一番よく知ってるおまえだろ?
ちょっと、そこ使わせてくれ」
両の脚を肩幅に広げ、左肩の服をちょっとなおして、片足を上げ、スイング。
昔いた大リーガーのバッティングフォームだ。お兄ちゃんの夢。プロリーガー。
その顔は真剣で何かを見つめていた。絶対に。
お兄ちゃんの顔はバットが振られる度に不思議とリラックスしていった。
僕はお姉さんの手を取った。
一瞬おどろいてたけど、お姉さんは強く握り返してくれた。
きれいなヒールを脱ぎ捨てて、ママのスニーカーを履いている。
涙で汚れたメイクはインディアン達のウォーペインティングのようだった。
おじいさんは猟銃に弾丸を込められた。
膝掛けは腰にきつく結ばれている。
これならハンティングの自慢話も嘘じゃないって思う。
男の人はバッグからたくさんの玩具とマンガ本を出して、
プラスチックの写真立てから一枚の写真を引き抜いて、胸ポケットに入れた。
きっと遠くに住んでいる家族へのプレゼントだったんだ。優しく床に置く。
おじいさんを抱えるから、諦めなきゃいけないけど後悔していない目だ。
「行くよ」
お兄ちゃんの声に皆はうなずく。
みんなにはそれぞれ扉があって、開けるのは自分ひとりしかいない。
材質の違うそのドアを、嫌な予感がしても、開かなければならない時がある。
きっと助けられないけど、でも横を向けば、踏み出せないその人に声くらいは届くと思う。
僕の立っているここから、できることだってあるんだ。


僕は覚悟を決めた。
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2008年05月15日
俺はタンクマン8 『ライダー編』

夫が亡くなりました。
14歳と10歳の兄妹を残して。
棺にのりの利いたシーツが敷かれています。
温かみのない清潔だけが取り柄の箱の中に夫は眠っています。
主人の顔は安らかでした。
その『やすらぎ』がつくられたものだと知ったのは、半年経ってからでした。
日々の生活に悲しみが誤摩化されていると気づきはじめた頃。
彼らからのコンタクトは驚くほど簡単な一本の電話でした。
ダイニングの椅子に窮屈そうに大柄の男性が二人。
警備会社に勤めているはずの主人は、彼らが差し出した写真にはいません。
子供の観るようなテレビのヒーローが写っています。
でも、冷たいメタリックのヘルメットから覗く唇は私の愛した人のものでした。
「冗談と笑われても致し方ありません。」
茂木と名乗る使者は『お悔やみ』の言葉も早々に切り上げて本題を持ち出したのです。
「20数年前から我々はこの国を守ってきました。国民の想像を超えたモノたちからです。」
怪人達との死闘。謎の組織、その目的。
今をもってしても疑問は山積みだというのです。
ただ定期的に怪人は現れ、襲い、奪い去っていくとのことでした。
「ご子息のダイスケ君ですが...」
にわかには信じられませんでしたが、主人の後釜に息子が選ばれたというのです。
すでに基本的な肉体改造は済んでいると。
父親である夫の了承は残念ながらあったそうです。
未熟児で産まれたダイスケはしばらくのあいだ私とは離れた病室におりました。
私は出産の疲労の中、喜びを充分に味わうことが無いまま、ダイスケの儚い命を心配しました。
夫の行動の真意はもう分かりません。
我が子の延命の為からか、何か別の気持ちからの決断だったのか、
伺い知ることはできません。
私のこれまで共に生き、信じてきたものが崩れていきました。
信頼しきっていた二人の絆はこんなにも脆いものなのでしょうか。
死んだあの人をどんなに憎んでも、私の声は届きません。
目眩がしました。
「今日は帰ってください。」
精一杯の私の言葉でした。

学校へ行くダイスケはいつもと変わらずです。
剣道部の部長の引き継ぎがあるとかで、
起きればまるで小さな竜巻のように家を出て行きます。
普通の中学生に命を賭して闘うなんて出来ようはずがありません。
周りの14歳の子たちと同じ人生でいいのです。
クセで夕刊を夫の椅子の上に置いてしまいます。
夕食にダイスケの好物を揃えて娘のアカリと待ちます。
今夜こそ息子とこれからのことを話さねば、と思ったのです。
電話が鳴りました。茂木からです。
現状を見せたい、ダイスケくんはこちらで保護している、10分で伺います、と。
義母を連れて茂木がやって来ました。
ニコニコ笑う義母は孫のアカリと過ごせることだけを喜んでいました。
茂木のことも何も疑わず息子の同僚くらいにしか考えていないようです。
この前とは違って大きめのジープみたいな車に乗り込みます。
隣町の大きい公園へ向かいます。
噴水を挟んでベンチの近く。
小さな影が立っています。影を取り囲むように何人かの人影も見えます。

走りよる私は、にわかには信じられない光景に恐怖しました。
ダイスケの周りには怪人の肉片が散乱し、
被害に遭われただろう初老の男性が倒れています。
街灯の人工的な明かりが新しいライダーを照らしています。
メタリックのヘルメットを被った息子が声も上げられず泣いていました。
たくさんの返り血を浴びて、動くことすらできずに。
私は抱きしめると無理矢理にプロテクターを取ろうとしました。
子供を包む呪わしい存在に思えたのです。
なかなか思うように外れない装備に躍起になっていると
「...お母さん...」
と身体は大きくなった我が子から小さな声がしました。
テーマパークの清掃員のように茂木の部下たちは淡々と片付けを続けていました。
ダイスケは夫の死後1ヶ月で組織と関わりあいを持ったそうです。
携帯電話やパソコンに加えて、午後の授業を特別に休んで。
夫を失った悲しみから子供の変化を見逃してしまったのかもしれません。
努めて、いつも以上に普通に生活してくれていたのかもしれません。
父親の真似がしたかったのか、大人の口車に乗ってしまったのか?
考えつくたくさんの理由を問うよりも、
息子が傷ついた現実が大きくのしかかっていきます。

怪人とはいえ、人を殺めてしまったショックは大きく14歳の心は閉ざされてしまいました。
組織の管理下にある総合病院の一室にダイスケは運ばれました。
それからの私は、茂木の前で冷静に抗議し、時に感情的になることさえありました。
組織としては全てを忘れるという条件で『できうる最高のケア』をするそうです。
ただし改造された肉体は怪人たちの嗅覚を刺激しターゲットになってしまうのです。
私たち家族と組織、そして怪人たちとの繋がりを断つことはできないことを知りました。
ツクリモノの指を外しながら茂木は言いました。
「こういうことは個人的なことなので避けてきましたが、
私も家族と身体を失いました。そして戦友を失ったのです。
御主人と私はパートナーでした。
もしもの時は『自分のかわりに御家族を守る』と互いに約束をしていました。
...申し訳ありません。」
「あの、主人は何故、こんなことをしていたんでしょう?」
「違います。私どもは志願してこの場にはおりません。
ある日、突然にです。半ば、強引に連れて来られるケースも珍しくない。
拒絶はできません。
それは死を意味するからです。
不公平な人生を呪いつつ闘っています。闘うしかない。
でも、できるならこんな毎日は早く終らせたい。普通に生きたい。」
「ある時、彼が言ったのです。」
『正直、誰か代わって欲しいさ。でも何かを守ることは誰でもしてることだろ?
ましてや俺は父親だしな。』
「彼は大きなものを守ろうとしていました。」
白いベッドに幾分穏やかになってきた寝顔を見せ、ダイスケがいます。
もしかしたら明日、このとなりの病室に『二人目のダイスケ』が収容されるかもしれません。
私はこの子を救いたい。家族を守って生きたい。
数日後、私はライダーになる決意をしました。
いいえ。ライダーになりたくなったのではありません。
夫の歩んできた道のりを実際に追ってみたかったのです。
茂木は反対しましたが、組織は仲間にしておくことを望みました。
いろいろな意味でその方が都合がいいとも言えますから。

それまで無機質に見えていた組織も交流ができると変わるものでした。
顔の無いように思えた人たちも、名前で呼ぶようになると違います。
白衣の名札にマスコットが揺れていたり、机に恋人の写真を飾っていたり。
笑い声さえ聞こえてきます。一般のオフィスと変わりません。闘うこと以外は。

ライダーにはクラスがあって勤務体制も違います。
私は拘束時間の一番少ない『サードライダー』を目指しました。
肉体的な手術はなく科学的な武装に頼り、支援を軸としたポジションです。

これまでテニスとジョギングは続けてきた私ですが、訓練は厳しいものでした。
ただ不思議とそこに生きている実感のようなものを得たのも確かです。
アカリのお弁当を包みながら、講義の内容を頭で反芻する。
スーパーの特売日だとふと思い出し、あわてて弾丸の装填に集中する。
桜が散った頃、テストに仮合格しました。
息子も通院だけでよい程に回復しました。
『御主人の装備です。作りなおしてあります。男性用なのでサイズは大きめですが..』
着替え終わった私は、もう少し可愛らしい色のコスチュームは無いのかと尋ねました。
研究員たちが失笑しています。
仕方がないので持ってきていたエプロンをして帽子も被りました。
あの人が好きだった長い髪も見えるようにしました。
冷たい感じのライダーには私はなりたくありませんでした。
人間を捨てるようなことはしてはダメだと感じたのです。
『ライダーママ』
近い将来、私はそう呼ばれるようになります。
傷つき、恐怖におびえ、自分の拳を血に染める日もあります。
でも花壇の手入れをしたり、子供たちと旅行を楽しむ日だってあるのです。






ひとつ私には言えることがあります。
選ばれてここにはいません。
自分で選んでここにいます。
私の人生。
何も変わりません。何も変えたくないのです。
朝焼けに照らされた町は昨日と何も変わらない様子です。
明日もこの朝焼けを見る為にバイクに乗ります。
誰かの悲鳴を聞いたら私は駆けつけます。
ライダーですから。


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2008年01月07日
俺はタンクマン7 『義眼の女編』
誰も使わなくなったガレージに、そのバイクは似合わなかった。
モデルは旧式だが、デザインは今眺めても斬新で、
がらくたに埋もれたその姿は眠った雌ライオンを思わせた。

私は股がると誰の見送りも無いまま街から逃げ出した。

起きたマシンは熱をおびた。
そのボディにそっと触れてみる。
キーに付いた骨でできたマリア像が揺れている。
ただの幻聴か、熱い風が巻き起こったルートのせいか?
砂埃が運んでくるメロディー。
ドレッドライダー。
そう。目的地なんかない。だから夢もない。
そう。走ることでこの痛みが一瞬でも消えたら、それでいい。
呪わしいあの部屋から逃げて、人のいなくなった工場群を通り、砂の道。
永遠に続く焼けた街道をひたすらに西へ進む。
旅立つわけじゃないけど、どこかに行くならバイクね。
よくそんな事を話した。
バカ騒ぎで朝焼け。転がるグラスに口紅。
昼過ぎのシーツ。子猫たちが戯れあったみたいな。
黙って抱き合った夕暮れ。固く結ばれた身体がほどけた。
でも愛しい日々は、この手から全てこぼれ落ちてしまった。
思い出が風景と一緒にどんどん後ろへ飛ばされていくようで、それが気持ちいい。
アクセルを回せば、二輪の相棒は身体を震わせ、それに答えてくれる。
メーターはまだ余白を残している。
反対車線をモンスターみたいな大きな車が爆音を響かせて通り過ぎる。
卑猥な野次は、私の穿ったくぼみに吸い込まれてしまう。
ドライバーが思わず目を背けるのが分かる。
そんなの見えなくても分かってしまう。
穴に埋め込まれたのは生の視力じゃなく、カメラとレーダーだ。
見ているのではない。
映ったモノを記憶して脳に送り込んでるだけ。
あの人の為に捧げた私の目を、今は彼の新しい女が使っている。
取り引きが成立するまでの保管場所にするのだ。
醜い二つのクレーターが顔に現れた時、あの人は去った。
私の瞳はオパールのように月夜に輝く。
大戦の生物兵器による産物のひとつ。
表面的な美しさを求めるブルジョアたちの間で高価で取り引きされている瞳。
美への欲望が心を豚のようにしても気づかない。
気づく心はとうにすり切れてしまった人々。
そんな人間がこの世界を動かしているのかもしれない。
私は気づいていた。
愚かしい行為だということも知っていた。
でも止められなかった。
自分の全てで答えていたから。
心も身体も時間も無償で与えていた、あの頃。
この瞳ですら彼のものだった。
タイヤの後が焼け付くほどのブレーキをかけ、Uターンする。
もはや流れはしない涙が私を狂わせる。頬を伝うのは血の涙。
イメージでしかない赤い涙が激しい感情を呼ぶ。
息があらくなって、吐き気がする。
殺意は急激にふくらみ、私は一本のナイフになって忌々しい街に戻ったのだ。
復讐だ。
その先にあるものは、きっと何もない。
あったとしても傷口を塞ぐものではない。
それでも、復讐の弾丸を。


雨水が腐って異臭を放ち、
崩れた非常階段に誰も温められなくなった毛布が固まっている。
私の怒りはどこまでも冷たくて確固たるものに思えた。
女の私でも目標物を完全に補足できるナビゲーター付きの高性能ガン。
人の不幸を金にして買ったガン。
新しい玩具を手にしたように興奮していた、あの人。
自分で持たせた銃で地獄に落ちればいい。
何度も昇って下りた階段は何一つ変わっていなかった。
二階の島国から来た家族もどうやら、まだ住んでいる様子。
魚を揚げて酢をかけた料理の匂いまで同じまま。
もう来ることは無いはずだったけど...。
そう。あと数分でケリをつけて、今度こそ二度と戻らない。

三階のあの部屋から女の絶叫とともに銃声が上がった。
命乞いの声は冷たい廊下にこだましている。
臓器ブローカーが売り上げのちょろまかしをする彼に、
ついに「さよなら」を告げた日だったのだ。
彼の笑った顔を思い出していた。
いつまで私は縛られるのだろう。
無機質なデータのはずなのに心がしめつけられる。
噛んだ下唇。血の味。
私は銃をベルトに突っ込んで、アイマスクを外し、
空気を肺に詰めるだけ押し込んで、部屋に踊り込んだ。
女と男はソファの影で死へのカウントダウンに小さくなっていた。
全部、全部無くなってしまえと思った。

銃は二人には向けなかった。
報復者の私が狙ったのはブローカーだった。
本来の目的でないターゲット。
あからさまな殺気は簡単に読まれていたが、
ブローカーは私の姿に一瞬、油断した。
盲目の女の銃口は見当違いな場所に向いていたから。
センサーが硝煙反応から敵を割り出す時間に、人間は追いつけない。
1ミリの誤差もなく照準が合う。
二発の弾丸がブローカーのひたいを貫いた。
頭を抱えていた男。恐怖と鼻水でグシャグシャになっていた。
目を閉じることすら忘れた女。化粧は不細工なピエロみたいだった。
私のものだった目玉に黒いマスカラがたっぷりと注がれて汚らしい。

激鉄を起こして二人を見据える。
短い沈黙の後、男はすがるような敗者の笑顔で近づいてきた。
撃った。
私の愛した彼はもういなかった。
ボロ布みたいな男がいるだけ。
撃った。
天井やガラス窓を。
あげられる物はもうないのだ。
二人に背を向け歩き出す。
危険が去って歪んだ小さな男は、また何かを言いかけた。
私は振り返った。
男の唇に顔がくっ付くほど近づく。
右拳を顔と顔の間にねじり込む。
そして中指を立てた。
バイクはもう冷えていたが、そこで私を迎えた。
しばらく義眼を使うのはやめよう。
この世界は汚いものが多すぎる。
今は目で捕らえることのできない何かを感じよう。
キーを回すといつもと変わらないエンジン音がした。
私は双頭の女主人のいる美容室へ向かった。
返り血を浴びた私を見てもマダムはブーツだけを誉めて、席に座らせた。


彼女の手は魔法のように動いた。
洗髪する細い指が私を愛撫する。
熱いシャワーが嫌らしくこびりついたものを排水溝へ流れ落とす。
私は泣いた。声をあげて。
涙は出なくとも泣けることを知った。
生きた髪のようなウィッグ。タランチュラの脚を思わせる。
女主人は仕上げに、うなじに練り香水をつけた。
右の耳元で
『女って、まんざらでもないわよ』
左の耳元で
『またいらっしゃい』
二つの顔を持つマダムは囁いた。
大きな鏡に映った私は、あの歌の主人公みたいだった。
ドレッドライダーは自分だ。
歌と同じ。バックギアはいらない。
歌と同じ。もう銃はいらない。
口笛はやがて、あの砂の街道に響くだろう。
うなだれていたあの日はもう過去なのだ。
私は街を出た。
♪ Dread Rider (ドレッドライダー) by Theatre Brook (シアターブルック)


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モデルは旧式だが、デザインは今眺めても斬新で、
がらくたに埋もれたその姿は眠った雌ライオンを思わせた。

私は股がると誰の見送りも無いまま街から逃げ出した。

起きたマシンは熱をおびた。
そのボディにそっと触れてみる。
キーに付いた骨でできたマリア像が揺れている。
ただの幻聴か、熱い風が巻き起こったルートのせいか?
砂埃が運んでくるメロディー。
ドレッドライダー。
そう。目的地なんかない。だから夢もない。
そう。走ることでこの痛みが一瞬でも消えたら、それでいい。
呪わしいあの部屋から逃げて、人のいなくなった工場群を通り、砂の道。
永遠に続く焼けた街道をひたすらに西へ進む。
旅立つわけじゃないけど、どこかに行くならバイクね。
よくそんな事を話した。
バカ騒ぎで朝焼け。転がるグラスに口紅。
昼過ぎのシーツ。子猫たちが戯れあったみたいな。
黙って抱き合った夕暮れ。固く結ばれた身体がほどけた。
でも愛しい日々は、この手から全てこぼれ落ちてしまった。
思い出が風景と一緒にどんどん後ろへ飛ばされていくようで、それが気持ちいい。
アクセルを回せば、二輪の相棒は身体を震わせ、それに答えてくれる。
メーターはまだ余白を残している。
反対車線をモンスターみたいな大きな車が爆音を響かせて通り過ぎる。
卑猥な野次は、私の穿ったくぼみに吸い込まれてしまう。
ドライバーが思わず目を背けるのが分かる。
そんなの見えなくても分かってしまう。
穴に埋め込まれたのは生の視力じゃなく、カメラとレーダーだ。
見ているのではない。
映ったモノを記憶して脳に送り込んでるだけ。
あの人の為に捧げた私の目を、今は彼の新しい女が使っている。
取り引きが成立するまでの保管場所にするのだ。
醜い二つのクレーターが顔に現れた時、あの人は去った。
私の瞳はオパールのように月夜に輝く。
大戦の生物兵器による産物のひとつ。
表面的な美しさを求めるブルジョアたちの間で高価で取り引きされている瞳。
美への欲望が心を豚のようにしても気づかない。
気づく心はとうにすり切れてしまった人々。
そんな人間がこの世界を動かしているのかもしれない。
私は気づいていた。
愚かしい行為だということも知っていた。
でも止められなかった。
自分の全てで答えていたから。
心も身体も時間も無償で与えていた、あの頃。
この瞳ですら彼のものだった。
タイヤの後が焼け付くほどのブレーキをかけ、Uターンする。
もはや流れはしない涙が私を狂わせる。頬を伝うのは血の涙。
イメージでしかない赤い涙が激しい感情を呼ぶ。
息があらくなって、吐き気がする。
殺意は急激にふくらみ、私は一本のナイフになって忌々しい街に戻ったのだ。
復讐だ。
その先にあるものは、きっと何もない。
あったとしても傷口を塞ぐものではない。
それでも、復讐の弾丸を。


雨水が腐って異臭を放ち、
崩れた非常階段に誰も温められなくなった毛布が固まっている。
私の怒りはどこまでも冷たくて確固たるものに思えた。
女の私でも目標物を完全に補足できるナビゲーター付きの高性能ガン。
人の不幸を金にして買ったガン。
新しい玩具を手にしたように興奮していた、あの人。
自分で持たせた銃で地獄に落ちればいい。
何度も昇って下りた階段は何一つ変わっていなかった。
二階の島国から来た家族もどうやら、まだ住んでいる様子。
魚を揚げて酢をかけた料理の匂いまで同じまま。
もう来ることは無いはずだったけど...。
そう。あと数分でケリをつけて、今度こそ二度と戻らない。

三階のあの部屋から女の絶叫とともに銃声が上がった。
命乞いの声は冷たい廊下にこだましている。
臓器ブローカーが売り上げのちょろまかしをする彼に、
ついに「さよなら」を告げた日だったのだ。
彼の笑った顔を思い出していた。
いつまで私は縛られるのだろう。
無機質なデータのはずなのに心がしめつけられる。
噛んだ下唇。血の味。
私は銃をベルトに突っ込んで、アイマスクを外し、
空気を肺に詰めるだけ押し込んで、部屋に踊り込んだ。
女と男はソファの影で死へのカウントダウンに小さくなっていた。
全部、全部無くなってしまえと思った。

銃は二人には向けなかった。
報復者の私が狙ったのはブローカーだった。
本来の目的でないターゲット。
あからさまな殺気は簡単に読まれていたが、
ブローカーは私の姿に一瞬、油断した。
盲目の女の銃口は見当違いな場所に向いていたから。
センサーが硝煙反応から敵を割り出す時間に、人間は追いつけない。
1ミリの誤差もなく照準が合う。
二発の弾丸がブローカーのひたいを貫いた。
頭を抱えていた男。恐怖と鼻水でグシャグシャになっていた。
目を閉じることすら忘れた女。化粧は不細工なピエロみたいだった。
私のものだった目玉に黒いマスカラがたっぷりと注がれて汚らしい。

激鉄を起こして二人を見据える。
短い沈黙の後、男はすがるような敗者の笑顔で近づいてきた。
撃った。
私の愛した彼はもういなかった。
ボロ布みたいな男がいるだけ。
撃った。
天井やガラス窓を。
あげられる物はもうないのだ。
二人に背を向け歩き出す。
危険が去って歪んだ小さな男は、また何かを言いかけた。
私は振り返った。
男の唇に顔がくっ付くほど近づく。
右拳を顔と顔の間にねじり込む。
そして中指を立てた。
バイクはもう冷えていたが、そこで私を迎えた。
しばらく義眼を使うのはやめよう。
この世界は汚いものが多すぎる。
今は目で捕らえることのできない何かを感じよう。
キーを回すといつもと変わらないエンジン音がした。
私は双頭の女主人のいる美容室へ向かった。
返り血を浴びた私を見てもマダムはブーツだけを誉めて、席に座らせた。


彼女の手は魔法のように動いた。
洗髪する細い指が私を愛撫する。
熱いシャワーが嫌らしくこびりついたものを排水溝へ流れ落とす。
私は泣いた。声をあげて。
涙は出なくとも泣けることを知った。
生きた髪のようなウィッグ。タランチュラの脚を思わせる。
女主人は仕上げに、うなじに練り香水をつけた。
右の耳元で
『女って、まんざらでもないわよ』
左の耳元で
『またいらっしゃい』
二つの顔を持つマダムは囁いた。
大きな鏡に映った私は、あの歌の主人公みたいだった。
ドレッドライダーは自分だ。
歌と同じ。バックギアはいらない。
歌と同じ。もう銃はいらない。
口笛はやがて、あの砂の街道に響くだろう。
うなだれていたあの日はもう過去なのだ。
私は街を出た。
♪ Dread Rider (ドレッドライダー) by Theatre Brook (シアターブルック)


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2007年11月28日
俺はタンクマン6 『兵士編』
俺を捕らえて放さない、心が焼け焦げるような記憶。
今日も痩せた大地に鍬を振る。
その村にきて二日目の朝だった。

部隊で村を制圧するのに、あと一時間もかかるまい。
村人の非暴力主義を嘲笑いながら、俺は弾丸を込めた。
男たちは女子供をかばいつつも、その手に剣を握ろうとはせず、
逃げもせず、ただ沈黙を続けた。腰抜けどもめ。
突然、鼓膜が破れてしまいそうな衝撃波が村を襲った。
全てがコマ送りのようにゆっくり見えたが、錯覚であり、破壊は現実であった。
それは人智を越えた圧倒的な力だった。
戦争屋として生きる精鋭たちが数分で戦力を奪われ、戦意を失い、死んだ。
空を飲み込むような真っ黒い影。
かろうじて屋根を飛ばされずに大地にしがみつく家屋。
住人は皆ひざまずき、天に向かって何ごとかを祈る。
仲間と呼ぶには関わりの稀薄な傭兵たちが、次々と空中に放り上げられる。
命を互いに護りあう作戦などない我々だ。退避だけを優先した。
情報が欲しい。『敵』を確認する。
渦を巻いて村に覆いかぶさるそれは、兵士を風のあぎとに吸い込み、食らった。
引き裂かれた肉片もしぶきを上げる血液も、瞬きの間に消え去る。
巨大な竜と分かったのは、目玉を見たからだ。
渦の中心に王の如く、竜はいた。
初めて見る異形の生き物。目線が合った気がした。
固まる俺の身体を、翼がつくり出す暴風はさらった。
地面に叩き付けられた記憶は、わずかにある。
俺の生活は変わった。
支配するものから支配されるものに。
変わるはずだった。
村人は何もしなかった。黙々と家を修理し、畑へ向かう。
昔から延々と続く生活に戻っただけであった。
俺には哀れむような顔を向けて通り過ぎていく。
ひとり言をつぶやくように族長が言った。
『この村は竜と共存している。竜はその子供を育てる為に村人を食らう』
『ただ大いなる力で村に加護を与え、私たちはそれを受け入れ生きている』
馬鹿馬鹿しい。竜を殺す策を考えろ。
意気地のないおまえらとは俺は違う。
女でも子供でも容赦しなかった。
竜でも神でも、殺す。
殺せ。殺せ。
目の前の敵を。
幾日か経った夜。
広場には火が焚かれ祭りとなった。
俺にまで酒がふるまわれ、妙なリズムの太鼓と歌が村を包んだ。
俺は見た。
赤々と燃える火から、夜の闇へと足を向ける小さな影を。
族長の娘が一人、人々の輪から去るのを。
俺は見た。

この胸騒ぎのゆくえを知る為にあとを追う。
予感はこの事だった。
丘の上の粗末な祭壇に巨大な竜は静かに横たわっていた。
娘は顔を強ばらせ、ふるえながら両の手を開く。
差し出したのだ。その小さな命を、その小さな生涯を。
竜はゆっくりと口を開け、娘を抱き込むように牙と牙を閉じていく。
俺は走って娘を突き飛ばすとありったけの弾丸を撃った。
突然の攻撃にひるんだ竜に容赦のない追撃を食らわす。
部隊で敵地を完全沈黙させる為に使う小型のジェノサイドボム。
どうだ?太古から生きるおまえには知らぬ味だろう?

借りを返すぞ。
真っ黒い笑いが口から漏れる。
ホルスターから手に馴染んだ拳銃を取り出す。
消えちまえ...
目の前に白いものが横切った。
娘は銃弾を浴びた。銃弾の出発点はこの右手。
風にもてあそばれる落ち葉のように、舞うようにして冷たい大地に倒れる。
光る体液が幾すじも流れ、命の終わりを告げていた。
呆然とする俺を横目に負傷した竜は、娘をくわえて空に飛び去った。
『あなたは...わからないのか...』
背後で族長が言う。
『娘はいつものように朝早くに沐浴し、畑で鍬を振るい、村の為に生きることを選んだ』
『そこに至るまでの悲しみも怒りも苦痛も、親の私でさえ、計り知ることはできない』
語尾はふるえ、音にもならない悲しみが行き場を失って留まっていた。
祭壇の上に大切に奉られている球体。孵化しそうな卵だ。
竜の子。
等しい、命という単位。
はじめから俺は部外者だった。
そして俺の『殺すこと』に意味などなかった。
闘い、殺し、命を奪い合って何が残ったか?
何もない。
増えていくのは傷とカルマだけ。
俺はどこまで遠回りをして生きてきたのだろう。
その場にうずくまる俺の頬に、朝焼けのあたたかい光が差す。
生まれたばかり子竜は乳が欲しいと鳴いた。
俺を捕らえて放さない、心が焼け焦げるような記憶。
銃はずいぶん前に捨てた。剣は鍬に形を変えた。
背負ってしまった過去を誰も許しはしないだろう。
でも、それでいい。
村から旅立つ俺に、族長は小さな袋をよこした。
花の種だった。
今日も痩せた大地に鍬を振る。

娘の『南方』を意味する美しい名前を胸に、俺は。
今日も痩せた大地に鍬を振る。
その村にきて二日目の朝だった。

部隊で村を制圧するのに、あと一時間もかかるまい。
村人の非暴力主義を嘲笑いながら、俺は弾丸を込めた。
男たちは女子供をかばいつつも、その手に剣を握ろうとはせず、
逃げもせず、ただ沈黙を続けた。腰抜けどもめ。
突然、鼓膜が破れてしまいそうな衝撃波が村を襲った。
全てがコマ送りのようにゆっくり見えたが、錯覚であり、破壊は現実であった。
それは人智を越えた圧倒的な力だった。
戦争屋として生きる精鋭たちが数分で戦力を奪われ、戦意を失い、死んだ。
空を飲み込むような真っ黒い影。
かろうじて屋根を飛ばされずに大地にしがみつく家屋。
住人は皆ひざまずき、天に向かって何ごとかを祈る。
仲間と呼ぶには関わりの稀薄な傭兵たちが、次々と空中に放り上げられる。
命を互いに護りあう作戦などない我々だ。退避だけを優先した。
情報が欲しい。『敵』を確認する。
渦を巻いて村に覆いかぶさるそれは、兵士を風のあぎとに吸い込み、食らった。
引き裂かれた肉片もしぶきを上げる血液も、瞬きの間に消え去る。
巨大な竜と分かったのは、目玉を見たからだ。
渦の中心に王の如く、竜はいた。
初めて見る異形の生き物。目線が合った気がした。
固まる俺の身体を、翼がつくり出す暴風はさらった。
地面に叩き付けられた記憶は、わずかにある。
俺の生活は変わった。
支配するものから支配されるものに。
変わるはずだった。
村人は何もしなかった。黙々と家を修理し、畑へ向かう。
昔から延々と続く生活に戻っただけであった。
俺には哀れむような顔を向けて通り過ぎていく。
ひとり言をつぶやくように族長が言った。
『この村は竜と共存している。竜はその子供を育てる為に村人を食らう』
『ただ大いなる力で村に加護を与え、私たちはそれを受け入れ生きている』
馬鹿馬鹿しい。竜を殺す策を考えろ。
意気地のないおまえらとは俺は違う。
女でも子供でも容赦しなかった。
竜でも神でも、殺す。
殺せ。殺せ。
目の前の敵を。
幾日か経った夜。
広場には火が焚かれ祭りとなった。
俺にまで酒がふるまわれ、妙なリズムの太鼓と歌が村を包んだ。
俺は見た。
赤々と燃える火から、夜の闇へと足を向ける小さな影を。
族長の娘が一人、人々の輪から去るのを。
俺は見た。

この胸騒ぎのゆくえを知る為にあとを追う。
予感はこの事だった。
丘の上の粗末な祭壇に巨大な竜は静かに横たわっていた。
娘は顔を強ばらせ、ふるえながら両の手を開く。
差し出したのだ。その小さな命を、その小さな生涯を。
竜はゆっくりと口を開け、娘を抱き込むように牙と牙を閉じていく。
俺は走って娘を突き飛ばすとありったけの弾丸を撃った。
突然の攻撃にひるんだ竜に容赦のない追撃を食らわす。
部隊で敵地を完全沈黙させる為に使う小型のジェノサイドボム。
どうだ?太古から生きるおまえには知らぬ味だろう?

借りを返すぞ。
真っ黒い笑いが口から漏れる。
ホルスターから手に馴染んだ拳銃を取り出す。
消えちまえ...
目の前に白いものが横切った。
娘は銃弾を浴びた。銃弾の出発点はこの右手。
風にもてあそばれる落ち葉のように、舞うようにして冷たい大地に倒れる。
光る体液が幾すじも流れ、命の終わりを告げていた。
呆然とする俺を横目に負傷した竜は、娘をくわえて空に飛び去った。
『あなたは...わからないのか...』
背後で族長が言う。
『娘はいつものように朝早くに沐浴し、畑で鍬を振るい、村の為に生きることを選んだ』
『そこに至るまでの悲しみも怒りも苦痛も、親の私でさえ、計り知ることはできない』
語尾はふるえ、音にもならない悲しみが行き場を失って留まっていた。
祭壇の上に大切に奉られている球体。孵化しそうな卵だ。
竜の子。
等しい、命という単位。
はじめから俺は部外者だった。
そして俺の『殺すこと』に意味などなかった。
闘い、殺し、命を奪い合って何が残ったか?
何もない。
増えていくのは傷とカルマだけ。
俺はどこまで遠回りをして生きてきたのだろう。
その場にうずくまる俺の頬に、朝焼けのあたたかい光が差す。
生まれたばかり子竜は乳が欲しいと鳴いた。
俺を捕らえて放さない、心が焼け焦げるような記憶。
銃はずいぶん前に捨てた。剣は鍬に形を変えた。
背負ってしまった過去を誰も許しはしないだろう。
でも、それでいい。
村から旅立つ俺に、族長は小さな袋をよこした。
花の種だった。
今日も痩せた大地に鍬を振る。

娘の『南方』を意味する美しい名前を胸に、俺は。
2007年10月24日
俺はタンクマン5 『スパイ編』
埋め込まれたチップから招集を告げるシグナルが発せられた。
砂粒と鉄片のシャワーは中断される。
呼ばれたら何があっても絶対に集合。
『掟』に疑問をもってはいけない。
長生きするには必要なこと。
私はオー。
みんなはタンクマンて呼ぶけど。
清々しい朝でも、妖艶な夜でもない、のっぺりとした昼間。
私はこの星に降り立った。
本当にのんきな種族ね。
あなた達のことよ。
昔からあなた達は『見えざる者』にプロテクトされているって知ってる?
言い方をかえれば搾取され、支配されているってことなのだけど。
それを天使だ、神様だって崇め奉っているんだから、無邪気というか、無知というか。
感じる力まで奪われて、疑う防衛本能さえ忘れている。
私のボスは『見えざる者』に喧嘩を売っていてね。
長い長い間ずっとよ。日々、策略、牽制、抗争。
私はボスの部下。
要領いいから、いつも安全で楽な仕事ばかり。
今回も敵情視察が任務。

なんだかそれっぽいところね。
あなた達を近づかせないように『恐怖』でバリアしてるの。
幼稚だ。考え方が古い。
その存在にあぐらをかいている長老たち。
ヨボヨボのオジイチャンよね。魔女みたいなババァもいるけど。
あなたの星で時に影になり、時に日の光になり導く『見えざる者たち』
当たり前のように溶け込んで、あなたを操作して、あなたを服従させる。
普通に歩いている、あなたが興奮している異性。
挑むような笑顔、息をのむ胸のふくらみ、美しい四肢。
そんなの形だけのマガイモノ。
そう、そのコ。
そいつ化け物よ。
あなたがベッドで一生懸命に奉仕しているけど、
私からしたら化け物に命を差し出しているようにしか見えない。
『見えざる者』の使いっ走り。
肉欲にしか訴えかけることのできない下品なやつらなのよ。虫酸が走る。
いますぐに殺してやりたいけど、お仕事が先よね。
早く帰って娘にも会いたいし。

私を尾行してる二人組のコたち。
プロにはほど遠い技術。バレバレな敵意。
...違ったみたい。
男の子にすっぽかされでもしたみたい。
彼女の苛立ちを敵意と勘違いした。
玩具のナイフなんか持って、そういう趣味の男なの?
屋敷にはすでに何人かスタンバイしてるみたい。

カボチャのお祭り?面白いわね。
糖分過多のエネルギーパック。甘い香りに胸やけする。
カボチャのハンドバッグに詰めてある。ギラギラした包装がかわいい。
私みたいな顔がいっぱいだから、マスクの機能を使わなくても潜り込める。

稚拙なトラップ。分けなく突破できる。
こんなの始末するのは目をつぶっていてもできる。
工夫が足りないな。いつも。
2階奥の8人は『人間チェス』に夢中。

少しは名の知れた貴族たち。
自由気ままにあなた達で遊んでいる。
何千年やっているのかしら?
会話もいつも通りだし、また別の応援を呼ぶのも面倒だ。

気づくのがおそ過ぎ。緊張感なさ過ぎ。
躍り出た私は、やつらの8つの命を一瞬で奪った。
床が汚れた。
お掃除しとこ。やっぱやめよ。

あなた達って記憶を紙にして額縁に飾るの?
私もここで録画しておこう。

2階から屋上に出る。高いところって好きよ。
彼は今頃なにしてるんだろ。
ずいぶん会っていないな。
この星の勝負にケリがついたら、ここでデートしようかな。

時間も余ったしブラブラする。
頑丈だけが取り柄の鉄橋。
ロマンの欠片もない。
廃線を見つける。
レーダーに反応は...
ある!
反応ありだ。
きっとあなたには何も見えないけど、漆黒の闇の向こうから、
毒々しい生きた列車がレールを破壊しながら走って来る。
ゴーストみたいに透明で巨大な身体。無数の車輪。
スピードは増して地面をも削っていく。
ただ一点、獲物を目指すモンスタートレイン。
鉄が焼けた臭いと甲高い悲鳴のような雄叫びをあげて、来る!
私を轢き殺したいのね。
横っ飛びに退避して、後ろに回り込む。
巨体を反転させるには時間がかかる。
組織から支給された重い刀、切れ味は悪い。
躊躇なく渾身の力で振り下ろす。
醜くひしゃげ、叩き潰されたそれに私は何も感じない。

さっきみたいに列車の残骸を背にメモリー録画。
娘にお土産ができた。
タイトル『ママ強い。お仕事おわり』なんてね。
私は気づいていなかった。
列車はただの囮で、気を緩めた私は簡単に罠に引っ掛かった。
暗いトンネルから、そのコは歩いてきた。
まるで散歩にでも出かけるみたいに。
スキップとか鼻歌とかしそうな微笑で。
私に玩具のナイフが刺さる。
嘘。あなた人間でしょ。さっきのコ。
そうか。『見えざる者』を崇拝してる哀れな人間。
全てを捧げた非力な信者。
熱烈に愛しているから盲目で無鉄砲。
そのナイフも巧妙にカモフラージュされていた。
やつらが持たせたのね。
新しい攻撃方法だから、ちゃんと報告を...しなきゃ...
目眩と吐き気がして倒れる。痛い。
服が汚れちゃうじゃん。

起き上がれない。力が入らない。
嫌だ、こんなのは。
細胞が死に、身体が冷たくなる。
思考力の低下。
フッと姿を現した懐かしい仲間。
蜃気楼ではない彼女が立って、こちらを見つめている。
戦闘能力に特化した女兵士。組織の中では5本の指に入る猛者。
また今日も得物無しだね。
『ローキックで充分』てまだ言ってるの?

ノエル。
助けに来てくれたんでしょ。
私、しくじっちゃったよ。
なんで黙っているのよ。
早く肩かしてよ。
...
ここで終わりなんだね。
手遅れなんだね。
はっきり言ってよ。
最後に見る景色が傾いてる。赤い夕日。もうノエルの方に顔向ける元気もない。
感傷的なのは嫌いだし、こんなの普通。
私たちにはよくある話し。しょうがない。順番が来ただけ。
...
悔しい。生きたい。生きていたい。
初めて知った感情だった。
彼女の名前はノエル。
サザンウインドって呼ばれている。
大切な数少ない友だち。
メモリーの箱、娘に渡しといてね。
砂粒と鉄片のシャワーは中断される。
呼ばれたら何があっても絶対に集合。
『掟』に疑問をもってはいけない。
長生きするには必要なこと。
私はオー。
みんなはタンクマンて呼ぶけど。
清々しい朝でも、妖艶な夜でもない、のっぺりとした昼間。
私はこの星に降り立った。
本当にのんきな種族ね。
あなた達のことよ。
昔からあなた達は『見えざる者』にプロテクトされているって知ってる?
言い方をかえれば搾取され、支配されているってことなのだけど。
それを天使だ、神様だって崇め奉っているんだから、無邪気というか、無知というか。
感じる力まで奪われて、疑う防衛本能さえ忘れている。
私のボスは『見えざる者』に喧嘩を売っていてね。
長い長い間ずっとよ。日々、策略、牽制、抗争。
私はボスの部下。
要領いいから、いつも安全で楽な仕事ばかり。
今回も敵情視察が任務。

なんだかそれっぽいところね。
あなた達を近づかせないように『恐怖』でバリアしてるの。
幼稚だ。考え方が古い。
その存在にあぐらをかいている長老たち。
ヨボヨボのオジイチャンよね。魔女みたいなババァもいるけど。
あなたの星で時に影になり、時に日の光になり導く『見えざる者たち』
当たり前のように溶け込んで、あなたを操作して、あなたを服従させる。
普通に歩いている、あなたが興奮している異性。
挑むような笑顔、息をのむ胸のふくらみ、美しい四肢。
そんなの形だけのマガイモノ。
そう、そのコ。
そいつ化け物よ。
あなたがベッドで一生懸命に奉仕しているけど、
私からしたら化け物に命を差し出しているようにしか見えない。
『見えざる者』の使いっ走り。
肉欲にしか訴えかけることのできない下品なやつらなのよ。虫酸が走る。
いますぐに殺してやりたいけど、お仕事が先よね。
早く帰って娘にも会いたいし。

私を尾行してる二人組のコたち。
プロにはほど遠い技術。バレバレな敵意。
...違ったみたい。
男の子にすっぽかされでもしたみたい。
彼女の苛立ちを敵意と勘違いした。
玩具のナイフなんか持って、そういう趣味の男なの?
屋敷にはすでに何人かスタンバイしてるみたい。

カボチャのお祭り?面白いわね。
糖分過多のエネルギーパック。甘い香りに胸やけする。
カボチャのハンドバッグに詰めてある。ギラギラした包装がかわいい。
私みたいな顔がいっぱいだから、マスクの機能を使わなくても潜り込める。

稚拙なトラップ。分けなく突破できる。
こんなの始末するのは目をつぶっていてもできる。
工夫が足りないな。いつも。
2階奥の8人は『人間チェス』に夢中。

少しは名の知れた貴族たち。
自由気ままにあなた達で遊んでいる。
何千年やっているのかしら?
会話もいつも通りだし、また別の応援を呼ぶのも面倒だ。

気づくのがおそ過ぎ。緊張感なさ過ぎ。
躍り出た私は、やつらの8つの命を一瞬で奪った。
床が汚れた。
お掃除しとこ。やっぱやめよ。

あなた達って記憶を紙にして額縁に飾るの?
私もここで録画しておこう。

2階から屋上に出る。高いところって好きよ。
彼は今頃なにしてるんだろ。
ずいぶん会っていないな。
この星の勝負にケリがついたら、ここでデートしようかな。

時間も余ったしブラブラする。
頑丈だけが取り柄の鉄橋。
ロマンの欠片もない。
廃線を見つける。
レーダーに反応は...
ある!
反応ありだ。
きっとあなたには何も見えないけど、漆黒の闇の向こうから、
毒々しい生きた列車がレールを破壊しながら走って来る。
ゴーストみたいに透明で巨大な身体。無数の車輪。
スピードは増して地面をも削っていく。
ただ一点、獲物を目指すモンスタートレイン。
鉄が焼けた臭いと甲高い悲鳴のような雄叫びをあげて、来る!
私を轢き殺したいのね。
横っ飛びに退避して、後ろに回り込む。
巨体を反転させるには時間がかかる。
組織から支給された重い刀、切れ味は悪い。
躊躇なく渾身の力で振り下ろす。
醜くひしゃげ、叩き潰されたそれに私は何も感じない。

さっきみたいに列車の残骸を背にメモリー録画。
娘にお土産ができた。
タイトル『ママ強い。お仕事おわり』なんてね。
私は気づいていなかった。
列車はただの囮で、気を緩めた私は簡単に罠に引っ掛かった。
暗いトンネルから、そのコは歩いてきた。
まるで散歩にでも出かけるみたいに。
スキップとか鼻歌とかしそうな微笑で。
私に玩具のナイフが刺さる。
嘘。あなた人間でしょ。さっきのコ。
そうか。『見えざる者』を崇拝してる哀れな人間。
全てを捧げた非力な信者。
熱烈に愛しているから盲目で無鉄砲。
そのナイフも巧妙にカモフラージュされていた。
やつらが持たせたのね。
新しい攻撃方法だから、ちゃんと報告を...しなきゃ...
目眩と吐き気がして倒れる。痛い。
服が汚れちゃうじゃん。

起き上がれない。力が入らない。
嫌だ、こんなのは。
細胞が死に、身体が冷たくなる。
思考力の低下。
フッと姿を現した懐かしい仲間。
蜃気楼ではない彼女が立って、こちらを見つめている。
戦闘能力に特化した女兵士。組織の中では5本の指に入る猛者。
また今日も得物無しだね。
『ローキックで充分』てまだ言ってるの?

ノエル。
助けに来てくれたんでしょ。
私、しくじっちゃったよ。
なんで黙っているのよ。
早く肩かしてよ。
...
ここで終わりなんだね。
手遅れなんだね。
はっきり言ってよ。
最後に見る景色が傾いてる。赤い夕日。もうノエルの方に顔向ける元気もない。
感傷的なのは嫌いだし、こんなの普通。
私たちにはよくある話し。しょうがない。順番が来ただけ。
...
悔しい。生きたい。生きていたい。
初めて知った感情だった。
彼女の名前はノエル。
サザンウインドって呼ばれている。
大切な数少ない友だち。
メモリーの箱、娘に渡しといてね。
2007年10月19日
俺はタンクマン4 『化け物編』

悪い夢だ。
こんなこと、現実であるわけがない。
ほら、夢じゃないか?
!?

目覚めると俺はゆりかごの上だった。
クッションは何かの液体でベトついている。
視点が合ってくると目の前を小さな虫がぶんぶん飛び回っている。
女の形をした虫。
ティンカーベルなんて可愛らしいモノじゃない。
その心根に邪悪な笑みをたたえた昆虫。
夢魔。
手で払うと2匹は逃げて行き、1匹は手の甲で潰れた。
身体のあちこちがひどく腫れ上がっていた。
鈍器で打たれたようだ。
喉が渇いたのでフラフラと起き上がって水を探す。
なんて臭いだ。
化学物質と得体の知れない生き物が溶け込む川。
川面に映る顔は化け物のそれだった。
俺の本当の顔。
醜い俺の顔。

ゴミ箱に身体をつっこみ食料を探す。
収穫はただのひとつもない。
突然、背後に大きな殺気を感じる。
たくさんの足音、鎖や荒い息づかい。
俺は迷うことなく川に飛び込んだ。
対岸の物陰に隠れ、様子をうかがう。
ヤツらだ。
屠ること、嬲ることを思い、狂喜する野獣たち。
内蔵がこれでもかと縮み上がる。
冷や汗は絶えなく流れ、近づく恐怖は大きくなるばかりだ。
目をつぶって集中するが、死を意識してしまう。
自虐的な笑い声でもあげれば楽になるのか?
ちがう。それは許されない。生きねばならない。
もう一度目をつぶる。
暗闇になる。
眉間の辺りにかすかな光を感じる事ができた。
一匹ずつなら何とかなるはずだ。
東の小さな国に影として生きる部族がいる。
気配を無機物に同調させるんだ。
戦闘という選択は化け物の本能だ。
闘うことこそ本懐だ。
命のやり取りのクレイジーな快楽は俺に6本の鋭い刃を呼ぶ。
臨戦態勢になり、その刹那、遠くで鳥の羽ばたく音が聞こえた。

『さぁ、来やがれ』
俺の体力はもう尽きようとしていた。
多勢に無勢だった。
涙も痛みも後悔もすべてミックスした叫び声は、驚くほど小さなうめき声となって消える。
走る。走る。
逃げる。逃げる。
胸が張り裂けそうだ。風船が割れるイメージが浮かぶ。
灰色の海が見えた。
助かった。
淡い希望は眼前で砕かれる。
厚いガラスに俺の行き先は阻まれた。
振り向き闘うことはできそうにない。
急ブレーキを利用して反転し...いや、曲芸師になるには遅い。
頭を両腕で覆い、丸めた身体のままガラスに突進する。
突き破って砕けたガラス片がキラキラ光って俺を傷つける。
意識が飛びそうになる。
泳ぎは得意じゃないみたいだ。
酸素がない。
掴むものすらない海中。
伸ばした手は海面に差す鈍い光を欲している。
落ちていく。深く。深く。さらに深く。
ここで旅を終えるのか。
背中が熱くなり鋼鉄のマシンが皮膚を破って血肉といっしょに飛び出した。
耳鳴りしそうなジェット音と不似合いなブブブブブという羽音。

火を噴いて俺は飛んでいた。
俺は生きているようだ。
飛ぶ感覚と生きている不思議さに安堵する。
安心は油断となった。
錆びた大きな看板にぶつかって落下した。
地面に足がついたのだから、今はそれでいい。

生への執着は死を凌駕する。
煤けたような曇る空に俺はふたつの名前を思い出していた。
まだ、ここにいて。
まだ、ここですべきことがある。

俺は『タンクマン』
『さざん』て女を知らないか?
2007年10月15日
俺はタンクマン3 『男編3』
この街は誰にも寛容かもしれない。
排ガスと化粧と欲望の匂い。
どれも久しく嗅いでいないな。
空きっ腹の俺には油が浮いたようなチャイニーズフードが似合う。
昇る火にあぶられ、冷水に晒されて白く膨れ上がった手。
鍋をふりながら、厨房で怒鳴る大陸の男。
チャーハンは、思ったよりも胃にやさしい味つけだった。
無愛想でも料理に彼の心を感じた。
満腹になってキャッシャーに立つ。
白髪まじりのキリギリスみたいな女に金をわたして店を出る。
釣りはないはずだが小さなコインがかえってきた。
この国では『縁』があるとされる黄金色のコイン。
俺に吉報などあるわけもなく、あてもない旅が続くだけだが、俺のロザリオになるかもしれない。

壊れた信号機の下、横断歩道をわたる老婆。
体重の倍はありそうな大荷物を背負ってトコペタトコペタと音を立て歩く。
スポーツカーもトラックも慈悲のないスピードで老婆を邪魔にしながら走り抜けていく。
ファミリーカーも同じ、顔だけ優しい「名ばかり」の車だ。狭い街をどうあがくと何分得をするのだろう。
急ぐことを忘れたモノには対照的な光景だ。
俺はプロテクトするように老婆の横を歩いた。
駅へ向かっているんだろう。あんたには長い道のりだな。
丸く曲がった背中、荷物から何か落ちた。
それは1個の梨で、俺は黙ってそれを拾って自分のものにした。

タロウという女の子が働くパブ。
こんな時間に彼女が居るわけはない。
造花でも切り花でも『花』はいい。
ふるさとの記憶もない俺だが、きっと産まれいでた場所には花が咲いていたように思う。
きれいなtatooの肌を今夜も客に披露するのか。
きっと潔く脱ぐのだろうな。
できた男ならぎらつく目玉はやめて大人しくなるはず。
美しいものにはパワーがあるから、暗闇の住人は嫌い去る。

やはりタロウは店にはいなかった。
こういうとき、時間をつぶすのにもテクニックがいる。
工事現場のドラム缶から夕日に染まるこの街をみた。
ブーツの底に引っ付くガムにさえも今日の俺は精霊が宿ってみえる。
遠くに飛行機。近くにカラス。
タロウは新しい着物を買ったと電話で笑った。
喜ぶ声が眩しかった。
髪飾り。
髪飾りがいいな。贈るなら。
俺は電車は使わずに歩いて西に向かった。
呉服屋だってあるだろう。
フェイクでも純正でも何でもござれの、この国だ。


『さざん』て女を知らないか?
排ガスと化粧と欲望の匂い。
どれも久しく嗅いでいないな。
空きっ腹の俺には油が浮いたようなチャイニーズフードが似合う。
昇る火にあぶられ、冷水に晒されて白く膨れ上がった手。
鍋をふりながら、厨房で怒鳴る大陸の男。
チャーハンは、思ったよりも胃にやさしい味つけだった。
無愛想でも料理に彼の心を感じた。
満腹になってキャッシャーに立つ。
白髪まじりのキリギリスみたいな女に金をわたして店を出る。
釣りはないはずだが小さなコインがかえってきた。
この国では『縁』があるとされる黄金色のコイン。
俺に吉報などあるわけもなく、あてもない旅が続くだけだが、俺のロザリオになるかもしれない。

壊れた信号機の下、横断歩道をわたる老婆。
体重の倍はありそうな大荷物を背負ってトコペタトコペタと音を立て歩く。
スポーツカーもトラックも慈悲のないスピードで老婆を邪魔にしながら走り抜けていく。
ファミリーカーも同じ、顔だけ優しい「名ばかり」の車だ。狭い街をどうあがくと何分得をするのだろう。
急ぐことを忘れたモノには対照的な光景だ。
俺はプロテクトするように老婆の横を歩いた。
駅へ向かっているんだろう。あんたには長い道のりだな。
丸く曲がった背中、荷物から何か落ちた。
それは1個の梨で、俺は黙ってそれを拾って自分のものにした。

タロウという女の子が働くパブ。
こんな時間に彼女が居るわけはない。
造花でも切り花でも『花』はいい。
ふるさとの記憶もない俺だが、きっと産まれいでた場所には花が咲いていたように思う。
きれいなtatooの肌を今夜も客に披露するのか。
きっと潔く脱ぐのだろうな。
できた男ならぎらつく目玉はやめて大人しくなるはず。
美しいものにはパワーがあるから、暗闇の住人は嫌い去る。

やはりタロウは店にはいなかった。
こういうとき、時間をつぶすのにもテクニックがいる。
工事現場のドラム缶から夕日に染まるこの街をみた。
ブーツの底に引っ付くガムにさえも今日の俺は精霊が宿ってみえる。
遠くに飛行機。近くにカラス。
タロウは新しい着物を買ったと電話で笑った。
喜ぶ声が眩しかった。
髪飾り。
髪飾りがいいな。贈るなら。
俺は電車は使わずに歩いて西に向かった。
呉服屋だってあるだろう。
フェイクでも純正でも何でもござれの、この国だ。


『さざん』て女を知らないか?
2007年10月12日
俺はタンクマン2 『男編2』
俺は目が覚めると泥みたいなコーヒーをすすった。
昨夜のモノだろうから痙攣するほど冷えきってるし、
カップについた口紅の跡が俺を憂鬱にさせる。
ベッドなんかありゃしないこの部屋に女の陰とは謎だな。

おはよう。俺はタンクマン。
ひどく頭痛がする。
悪魔達がタンバリンを打ち鳴らしながら踊っているようだ。
宿無しの俺が、なぜ?
考えても答えは出なかった。
早くこの部屋から出なくては。

円柱の台の上の写真集。
ずいぶんいい女が映っている。HONEYって名前の女だ。
全然、似てやしないのに思い出す記憶ってのはあるんだな。

ん?インナーは俺が作ったんだよ。
爬虫類みたいな男のハイネックシャツだ。
何か気になったアイテムがあったら連絡をくれ。
あんたがいいヤツなら贈ることもあるだろうし...

間抜けにもベンチで寝た姿を君は目撃するかもだ。
この町にも俺を安心させる場所はない。
気配さ。気配がするんだ。
地面に手頃な石を見つけてポケットに忍ばせる。

本の世界から、こちらに帰って来る前の癖だ。
目を閉じて準備をする。
できれば耳の穴、鼻の穴にも樹脂を流し込んで、全てを無にしてからが理想だが。

大きな兎は俺に言った。
『おまえはアリスを探しているんじゃないのか?』
そう真っ黒な瞳で。
目の奥の野獣のような視線に気づかないとでも思ったのか?
『ちがう。俺は違う女を探しているんだ...』
『いや...いや...それも違う..気がする』
彼女の存在はひどく曖昧で、混乱させる。
『さざん』て女を知らないか?
昨夜のモノだろうから痙攣するほど冷えきってるし、
カップについた口紅の跡が俺を憂鬱にさせる。
ベッドなんかありゃしないこの部屋に女の陰とは謎だな。

おはよう。俺はタンクマン。
ひどく頭痛がする。
悪魔達がタンバリンを打ち鳴らしながら踊っているようだ。
宿無しの俺が、なぜ?
考えても答えは出なかった。
早くこの部屋から出なくては。

円柱の台の上の写真集。
ずいぶんいい女が映っている。HONEYって名前の女だ。
全然、似てやしないのに思い出す記憶ってのはあるんだな。

ん?インナーは俺が作ったんだよ。
爬虫類みたいな男のハイネックシャツだ。
何か気になったアイテムがあったら連絡をくれ。
あんたがいいヤツなら贈ることもあるだろうし...

間抜けにもベンチで寝た姿を君は目撃するかもだ。
この町にも俺を安心させる場所はない。
気配さ。気配がするんだ。
地面に手頃な石を見つけてポケットに忍ばせる。

本の世界から、こちらに帰って来る前の癖だ。
目を閉じて準備をする。
できれば耳の穴、鼻の穴にも樹脂を流し込んで、全てを無にしてからが理想だが。

大きな兎は俺に言った。
『おまえはアリスを探しているんじゃないのか?』
そう真っ黒な瞳で。
目の奥の野獣のような視線に気づかないとでも思ったのか?
『ちがう。俺は違う女を探しているんだ...』
『いや...いや...それも違う..気がする』
彼女の存在はひどく曖昧で、混乱させる。
『さざん』て女を知らないか?
2007年10月11日
俺はタンクマン1 『男編』
服が無い。
無一文に近い俺にとっては、気にすべき事じゃないのかもしれないけどさ。
俺はタンクマン。
マンはマンだからマンだし、マン。うん。
ただの男だ。
どっかの工場からはじかれて落ちた缶詰だ、生まれた場所は。
ありがたい事にマーケットには無料で服が配られていた。
紙袋からこぼれるほどのデニムやシャツ。
部屋で着替えをはじめた。
いきなり部屋の真ん中に男が踊り込んできた。

おい。俺はあんたを呼んじゃいないぜ。
フランスのタキシードマン。
どこから来た?この部屋を知ってる?
ノックもしないで入って来て無粋はやめろよ。
その雑誌が欲しいのか?
まずは聞くのが道理ってもんだろ?
?マークばっかじゃないか。いらつく。
あんたとは友だちだが勘弁してくれ。
すげぇこの偶然を祝えるほど俺はできてやしないんだ。
気分が台無しだ。
出て行きな。


俺はピカピカに光った服を着てシモキタの公園で本を読みたいんだ。
あぁ。一杯のラーメン代も惜しんで本を買うのさ。
空腹で倒れたら、雑草食って本を読む。
この国はいい。水が飲み放題だ。

俺はタンクマン。
よろしくな。
あぁ。これは『ゴリラ』って名の服だ。

B@Rにいた蛇女。
使い捨てカメラだったからか、現像屋がアホなのか。
彼女の美しさは、ここには映っていない。もう一度でいい。会いたいもんだ。
他の写真
大した事はない。気にしないでくれ。
服はほとんど無料だった。
宿無しでも行けるとこはあるってことだ、この世界には。


『さざん』て女を知らないか?
無一文に近い俺にとっては、気にすべき事じゃないのかもしれないけどさ。
俺はタンクマン。
マンはマンだからマンだし、マン。うん。
ただの男だ。
どっかの工場からはじかれて落ちた缶詰だ、生まれた場所は。
ありがたい事にマーケットには無料で服が配られていた。
紙袋からこぼれるほどのデニムやシャツ。
部屋で着替えをはじめた。
いきなり部屋の真ん中に男が踊り込んできた。

おい。俺はあんたを呼んじゃいないぜ。
フランスのタキシードマン。
どこから来た?この部屋を知ってる?
ノックもしないで入って来て無粋はやめろよ。
その雑誌が欲しいのか?
まずは聞くのが道理ってもんだろ?
?マークばっかじゃないか。いらつく。
あんたとは友だちだが勘弁してくれ。
すげぇこの偶然を祝えるほど俺はできてやしないんだ。
気分が台無しだ。
出て行きな。


俺はピカピカに光った服を着てシモキタの公園で本を読みたいんだ。
あぁ。一杯のラーメン代も惜しんで本を買うのさ。
空腹で倒れたら、雑草食って本を読む。
この国はいい。水が飲み放題だ。

俺はタンクマン。
よろしくな。
あぁ。これは『ゴリラ』って名の服だ。

B@Rにいた蛇女。
使い捨てカメラだったからか、現像屋がアホなのか。
彼女の美しさは、ここには映っていない。もう一度でいい。会いたいもんだ。
他の写真
大した事はない。気にしないでくれ。
服はほとんど無料だった。
宿無しでも行けるとこはあるってことだ、この世界には。


『さざん』て女を知らないか?



