ソラマメブログ

2007年11月28日

俺はタンクマン6 『兵士編』

俺を捕らえて放さない、心が焼け焦げるような記憶。
今日も痩せた大地に鍬を振る。



その村にきて二日目の朝だった。


部隊で村を制圧するのに、あと一時間もかかるまい。
村人の非暴力主義を嘲笑いながら、俺は弾丸を込めた。
男たちは女子供をかばいつつも、その手に剣を握ろうとはせず、
逃げもせず、ただ沈黙を続けた。腰抜けどもめ。


突然、鼓膜が破れてしまいそうな衝撃波が村を襲った。
全てがコマ送りのようにゆっくり見えたが、錯覚であり、破壊は現実であった。

それは人智を越えた圧倒的な力だった。

戦争屋として生きる精鋭たちが数分で戦力を奪われ、戦意を失い、死んだ。
空を飲み込むような真っ黒い影。
かろうじて屋根を飛ばされずに大地にしがみつく家屋。
住人は皆ひざまずき、天に向かって何ごとかを祈る。
仲間と呼ぶには関わりの稀薄な傭兵たちが、次々と空中に放り上げられる。
命を互いに護りあう作戦などない我々だ。退避だけを優先した。

情報が欲しい。『敵』を確認する。


渦を巻いて村に覆いかぶさるそれは、兵士を風のあぎとに吸い込み、食らった。
引き裂かれた肉片もしぶきを上げる血液も、瞬きの間に消え去る。


巨大な竜と分かったのは、目玉を見たからだ。
渦の中心に王の如く、竜はいた。
初めて見る異形の生き物。目線が合った気がした。
固まる俺の身体を、翼がつくり出す暴風はさらった。
地面に叩き付けられた記憶は、わずかにある。



俺の生活は変わった。
支配するものから支配されるものに。



変わるはずだった。



村人は何もしなかった。黙々と家を修理し、畑へ向かう。
昔から延々と続く生活に戻っただけであった。
俺には哀れむような顔を向けて通り過ぎていく。

ひとり言をつぶやくように族長が言った。

『この村は竜と共存している。竜はその子供を育てる為に村人を食らう』
『ただ大いなる力で村に加護を与え、私たちはそれを受け入れ生きている』

馬鹿馬鹿しい。竜を殺す策を考えろ。
意気地のないおまえらとは俺は違う。
女でも子供でも容赦しなかった。
竜でも神でも、殺す。
殺せ。殺せ。
目の前の敵を。




幾日か経った夜。
広場には火が焚かれ祭りとなった。
俺にまで酒がふるまわれ、妙なリズムの太鼓と歌が村を包んだ。


俺は見た。
赤々と燃える火から、夜の闇へと足を向ける小さな影を。
族長の娘が一人、人々の輪から去るのを。
俺は見た。


この胸騒ぎのゆくえを知る為にあとを追う。


予感はこの事だった。


丘の上の粗末な祭壇に巨大な竜は静かに横たわっていた。
娘は顔を強ばらせ、ふるえながら両の手を開く。
差し出したのだ。その小さな命を、その小さな生涯を。
竜はゆっくりと口を開け、娘を抱き込むように牙と牙を閉じていく。


俺は走って娘を突き飛ばすとありったけの弾丸を撃った。
突然の攻撃にひるんだ竜に容赦のない追撃を食らわす。
部隊で敵地を完全沈黙させる為に使う小型のジェノサイドボム。
どうだ?太古から生きるおまえには知らぬ味だろう?



借りを返すぞ。
真っ黒い笑いが口から漏れる。


ホルスターから手に馴染んだ拳銃を取り出す。


消えちまえ...


目の前に白いものが横切った。
娘は銃弾を浴びた。銃弾の出発点はこの右手。
風にもてあそばれる落ち葉のように、舞うようにして冷たい大地に倒れる。
光る体液が幾すじも流れ、命の終わりを告げていた。


呆然とする俺を横目に負傷した竜は、娘をくわえて空に飛び去った。


『あなたは...わからないのか...』

背後で族長が言う。

『娘はいつものように朝早くに沐浴し、畑で鍬を振るい、村の為に生きることを選んだ』
『そこに至るまでの悲しみも怒りも苦痛も、親の私でさえ、計り知ることはできない』

語尾はふるえ、音にもならない悲しみが行き場を失って留まっていた。

祭壇の上に大切に奉られている球体。孵化しそうな卵だ。
竜の子。
等しい、命という単位。



はじめから俺は部外者だった。
そして俺の『殺すこと』に意味などなかった。
闘い、殺し、命を奪い合って何が残ったか?
何もない。
増えていくのは傷とカルマだけ。
俺はどこまで遠回りをして生きてきたのだろう。
その場にうずくまる俺の頬に、朝焼けのあたたかい光が差す。

生まれたばかり子竜は乳が欲しいと鳴いた。




俺を捕らえて放さない、心が焼け焦げるような記憶。
銃はずいぶん前に捨てた。剣は鍬に形を変えた。
背負ってしまった過去を誰も許しはしないだろう。
でも、それでいい。


村から旅立つ俺に、族長は小さな袋をよこした。
花の種だった。



今日も痩せた大地に鍬を振る。






娘の『南方』を意味する美しい名前を胸に、俺は。

  
Posted by タンク at 11:12Comments(6)TrackBack(0)ブログ発表 小説