2008年01月07日
俺はタンクマン7 『義眼の女編』
誰も使わなくなったガレージに、そのバイクは似合わなかった。
モデルは旧式だが、デザインは今眺めても斬新で、
がらくたに埋もれたその姿は眠った雌ライオンを思わせた。

私は股がると誰の見送りも無いまま街から逃げ出した。

起きたマシンは熱をおびた。
そのボディにそっと触れてみる。
キーに付いた骨でできたマリア像が揺れている。
ただの幻聴か、熱い風が巻き起こったルートのせいか?
砂埃が運んでくるメロディー。
ドレッドライダー。
そう。目的地なんかない。だから夢もない。
そう。走ることでこの痛みが一瞬でも消えたら、それでいい。
呪わしいあの部屋から逃げて、人のいなくなった工場群を通り、砂の道。
永遠に続く焼けた街道をひたすらに西へ進む。
旅立つわけじゃないけど、どこかに行くならバイクね。
よくそんな事を話した。
バカ騒ぎで朝焼け。転がるグラスに口紅。
昼過ぎのシーツ。子猫たちが戯れあったみたいな。
黙って抱き合った夕暮れ。固く結ばれた身体がほどけた。
でも愛しい日々は、この手から全てこぼれ落ちてしまった。
思い出が風景と一緒にどんどん後ろへ飛ばされていくようで、それが気持ちいい。
アクセルを回せば、二輪の相棒は身体を震わせ、それに答えてくれる。
メーターはまだ余白を残している。
反対車線をモンスターみたいな大きな車が爆音を響かせて通り過ぎる。
卑猥な野次は、私の穿ったくぼみに吸い込まれてしまう。
ドライバーが思わず目を背けるのが分かる。
そんなの見えなくても分かってしまう。
穴に埋め込まれたのは生の視力じゃなく、カメラとレーダーだ。
見ているのではない。
映ったモノを記憶して脳に送り込んでるだけ。
あの人の為に捧げた私の目を、今は彼の新しい女が使っている。
取り引きが成立するまでの保管場所にするのだ。
醜い二つのクレーターが顔に現れた時、あの人は去った。
私の瞳はオパールのように月夜に輝く。
大戦の生物兵器による産物のひとつ。
表面的な美しさを求めるブルジョアたちの間で高価で取り引きされている瞳。
美への欲望が心を豚のようにしても気づかない。
気づく心はとうにすり切れてしまった人々。
そんな人間がこの世界を動かしているのかもしれない。
私は気づいていた。
愚かしい行為だということも知っていた。
でも止められなかった。
自分の全てで答えていたから。
心も身体も時間も無償で与えていた、あの頃。
この瞳ですら彼のものだった。
タイヤの後が焼け付くほどのブレーキをかけ、Uターンする。
もはや流れはしない涙が私を狂わせる。頬を伝うのは血の涙。
イメージでしかない赤い涙が激しい感情を呼ぶ。
息があらくなって、吐き気がする。
殺意は急激にふくらみ、私は一本のナイフになって忌々しい街に戻ったのだ。
復讐だ。
その先にあるものは、きっと何もない。
あったとしても傷口を塞ぐものではない。
それでも、復讐の弾丸を。


雨水が腐って異臭を放ち、
崩れた非常階段に誰も温められなくなった毛布が固まっている。
私の怒りはどこまでも冷たくて確固たるものに思えた。
女の私でも目標物を完全に補足できるナビゲーター付きの高性能ガン。
人の不幸を金にして買ったガン。
新しい玩具を手にしたように興奮していた、あの人。
自分で持たせた銃で地獄に落ちればいい。
何度も昇って下りた階段は何一つ変わっていなかった。
二階の島国から来た家族もどうやら、まだ住んでいる様子。
魚を揚げて酢をかけた料理の匂いまで同じまま。
もう来ることは無いはずだったけど...。
そう。あと数分でケリをつけて、今度こそ二度と戻らない。

三階のあの部屋から女の絶叫とともに銃声が上がった。
命乞いの声は冷たい廊下にこだましている。
臓器ブローカーが売り上げのちょろまかしをする彼に、
ついに「さよなら」を告げた日だったのだ。
彼の笑った顔を思い出していた。
いつまで私は縛られるのだろう。
無機質なデータのはずなのに心がしめつけられる。
噛んだ下唇。血の味。
私は銃をベルトに突っ込んで、アイマスクを外し、
空気を肺に詰めるだけ押し込んで、部屋に踊り込んだ。
女と男はソファの影で死へのカウントダウンに小さくなっていた。
全部、全部無くなってしまえと思った。

銃は二人には向けなかった。
報復者の私が狙ったのはブローカーだった。
本来の目的でないターゲット。
あからさまな殺気は簡単に読まれていたが、
ブローカーは私の姿に一瞬、油断した。
盲目の女の銃口は見当違いな場所に向いていたから。
センサーが硝煙反応から敵を割り出す時間に、人間は追いつけない。
1ミリの誤差もなく照準が合う。
二発の弾丸がブローカーのひたいを貫いた。
頭を抱えていた男。恐怖と鼻水でグシャグシャになっていた。
目を閉じることすら忘れた女。化粧は不細工なピエロみたいだった。
私のものだった目玉に黒いマスカラがたっぷりと注がれて汚らしい。

激鉄を起こして二人を見据える。
短い沈黙の後、男はすがるような敗者の笑顔で近づいてきた。
撃った。
私の愛した彼はもういなかった。
ボロ布みたいな男がいるだけ。
撃った。
天井やガラス窓を。
あげられる物はもうないのだ。
二人に背を向け歩き出す。
危険が去って歪んだ小さな男は、また何かを言いかけた。
私は振り返った。
男の唇に顔がくっ付くほど近づく。
右拳を顔と顔の間にねじり込む。
そして中指を立てた。
バイクはもう冷えていたが、そこで私を迎えた。
しばらく義眼を使うのはやめよう。
この世界は汚いものが多すぎる。
今は目で捕らえることのできない何かを感じよう。
キーを回すといつもと変わらないエンジン音がした。
私は双頭の女主人のいる美容室へ向かった。
返り血を浴びた私を見てもマダムはブーツだけを誉めて、席に座らせた。


彼女の手は魔法のように動いた。
洗髪する細い指が私を愛撫する。
熱いシャワーが嫌らしくこびりついたものを排水溝へ流れ落とす。
私は泣いた。声をあげて。
涙は出なくとも泣けることを知った。
生きた髪のようなウィッグ。タランチュラの脚を思わせる。
女主人は仕上げに、うなじに練り香水をつけた。
右の耳元で
『女って、まんざらでもないわよ』
左の耳元で
『またいらっしゃい』
二つの顔を持つマダムは囁いた。
大きな鏡に映った私は、あの歌の主人公みたいだった。
ドレッドライダーは自分だ。
歌と同じ。バックギアはいらない。
歌と同じ。もう銃はいらない。
口笛はやがて、あの砂の街道に響くだろう。
うなだれていたあの日はもう過去なのだ。
私は街を出た。
♪ Dread Rider (ドレッドライダー) by Theatre Brook (シアターブルック)


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モデルは旧式だが、デザインは今眺めても斬新で、
がらくたに埋もれたその姿は眠った雌ライオンを思わせた。

私は股がると誰の見送りも無いまま街から逃げ出した。

起きたマシンは熱をおびた。
そのボディにそっと触れてみる。
キーに付いた骨でできたマリア像が揺れている。
ただの幻聴か、熱い風が巻き起こったルートのせいか?
砂埃が運んでくるメロディー。
ドレッドライダー。
そう。目的地なんかない。だから夢もない。
そう。走ることでこの痛みが一瞬でも消えたら、それでいい。
呪わしいあの部屋から逃げて、人のいなくなった工場群を通り、砂の道。
永遠に続く焼けた街道をひたすらに西へ進む。
旅立つわけじゃないけど、どこかに行くならバイクね。
よくそんな事を話した。
バカ騒ぎで朝焼け。転がるグラスに口紅。
昼過ぎのシーツ。子猫たちが戯れあったみたいな。
黙って抱き合った夕暮れ。固く結ばれた身体がほどけた。
でも愛しい日々は、この手から全てこぼれ落ちてしまった。
思い出が風景と一緒にどんどん後ろへ飛ばされていくようで、それが気持ちいい。
アクセルを回せば、二輪の相棒は身体を震わせ、それに答えてくれる。
メーターはまだ余白を残している。
反対車線をモンスターみたいな大きな車が爆音を響かせて通り過ぎる。
卑猥な野次は、私の穿ったくぼみに吸い込まれてしまう。
ドライバーが思わず目を背けるのが分かる。
そんなの見えなくても分かってしまう。
穴に埋め込まれたのは生の視力じゃなく、カメラとレーダーだ。
見ているのではない。
映ったモノを記憶して脳に送り込んでるだけ。
あの人の為に捧げた私の目を、今は彼の新しい女が使っている。
取り引きが成立するまでの保管場所にするのだ。
醜い二つのクレーターが顔に現れた時、あの人は去った。
私の瞳はオパールのように月夜に輝く。
大戦の生物兵器による産物のひとつ。
表面的な美しさを求めるブルジョアたちの間で高価で取り引きされている瞳。
美への欲望が心を豚のようにしても気づかない。
気づく心はとうにすり切れてしまった人々。
そんな人間がこの世界を動かしているのかもしれない。
私は気づいていた。
愚かしい行為だということも知っていた。
でも止められなかった。
自分の全てで答えていたから。
心も身体も時間も無償で与えていた、あの頃。
この瞳ですら彼のものだった。
タイヤの後が焼け付くほどのブレーキをかけ、Uターンする。
もはや流れはしない涙が私を狂わせる。頬を伝うのは血の涙。
イメージでしかない赤い涙が激しい感情を呼ぶ。
息があらくなって、吐き気がする。
殺意は急激にふくらみ、私は一本のナイフになって忌々しい街に戻ったのだ。
復讐だ。
その先にあるものは、きっと何もない。
あったとしても傷口を塞ぐものではない。
それでも、復讐の弾丸を。


雨水が腐って異臭を放ち、
崩れた非常階段に誰も温められなくなった毛布が固まっている。
私の怒りはどこまでも冷たくて確固たるものに思えた。
女の私でも目標物を完全に補足できるナビゲーター付きの高性能ガン。
人の不幸を金にして買ったガン。
新しい玩具を手にしたように興奮していた、あの人。
自分で持たせた銃で地獄に落ちればいい。
何度も昇って下りた階段は何一つ変わっていなかった。
二階の島国から来た家族もどうやら、まだ住んでいる様子。
魚を揚げて酢をかけた料理の匂いまで同じまま。
もう来ることは無いはずだったけど...。
そう。あと数分でケリをつけて、今度こそ二度と戻らない。

三階のあの部屋から女の絶叫とともに銃声が上がった。
命乞いの声は冷たい廊下にこだましている。
臓器ブローカーが売り上げのちょろまかしをする彼に、
ついに「さよなら」を告げた日だったのだ。
彼の笑った顔を思い出していた。
いつまで私は縛られるのだろう。
無機質なデータのはずなのに心がしめつけられる。
噛んだ下唇。血の味。
私は銃をベルトに突っ込んで、アイマスクを外し、
空気を肺に詰めるだけ押し込んで、部屋に踊り込んだ。
女と男はソファの影で死へのカウントダウンに小さくなっていた。
全部、全部無くなってしまえと思った。

銃は二人には向けなかった。
報復者の私が狙ったのはブローカーだった。
本来の目的でないターゲット。
あからさまな殺気は簡単に読まれていたが、
ブローカーは私の姿に一瞬、油断した。
盲目の女の銃口は見当違いな場所に向いていたから。
センサーが硝煙反応から敵を割り出す時間に、人間は追いつけない。
1ミリの誤差もなく照準が合う。
二発の弾丸がブローカーのひたいを貫いた。
頭を抱えていた男。恐怖と鼻水でグシャグシャになっていた。
目を閉じることすら忘れた女。化粧は不細工なピエロみたいだった。
私のものだった目玉に黒いマスカラがたっぷりと注がれて汚らしい。

激鉄を起こして二人を見据える。
短い沈黙の後、男はすがるような敗者の笑顔で近づいてきた。
撃った。
私の愛した彼はもういなかった。
ボロ布みたいな男がいるだけ。
撃った。
天井やガラス窓を。
あげられる物はもうないのだ。
二人に背を向け歩き出す。
危険が去って歪んだ小さな男は、また何かを言いかけた。
私は振り返った。
男の唇に顔がくっ付くほど近づく。
右拳を顔と顔の間にねじり込む。
そして中指を立てた。
バイクはもう冷えていたが、そこで私を迎えた。
しばらく義眼を使うのはやめよう。
この世界は汚いものが多すぎる。
今は目で捕らえることのできない何かを感じよう。
キーを回すといつもと変わらないエンジン音がした。
私は双頭の女主人のいる美容室へ向かった。
返り血を浴びた私を見てもマダムはブーツだけを誉めて、席に座らせた。


彼女の手は魔法のように動いた。
洗髪する細い指が私を愛撫する。
熱いシャワーが嫌らしくこびりついたものを排水溝へ流れ落とす。
私は泣いた。声をあげて。
涙は出なくとも泣けることを知った。
生きた髪のようなウィッグ。タランチュラの脚を思わせる。
女主人は仕上げに、うなじに練り香水をつけた。
右の耳元で
『女って、まんざらでもないわよ』
左の耳元で
『またいらっしゃい』
二つの顔を持つマダムは囁いた。
大きな鏡に映った私は、あの歌の主人公みたいだった。
ドレッドライダーは自分だ。
歌と同じ。バックギアはいらない。
歌と同じ。もう銃はいらない。
口笛はやがて、あの砂の街道に響くだろう。
うなだれていたあの日はもう過去なのだ。
私は街を出た。
♪ Dread Rider (ドレッドライダー) by Theatre Brook (シアターブルック)


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