2008年06月06日
俺はタンクマン9 『少年編』
絶望という扉が今開かれる。
お兄ちゃんは、後ろ手で僕をかばう。
もう一方の手で野球のバットを振り上げ、まっすぐドアを睨みつける。
ママはもう動かないし、
パパはずいぶん前に出て行った。

ノイズしか映らないテレビがプンッて音を立てて切れた。
コメディもアニメもやっていなくてもいいんだ。
砂嵐でもいいやって今は思う。
真っ黒の画面はライフラインが断たれたって事。
それは僕らの町があいつらに完全に囲まれたニュースを知らせる。
もうキッチンからワッフルの匂いはしない。
焼き過ぎたベーコンの匂いもない。
アイスクリームは汗をかきながらグリンピースと一緒に溶けた。
電気、煙、血。町が放つ強烈な死の匂い。
さっきまで叫んでうるさかった歌手だって女の人。
オーディションに間に合わないって怒っている。
ブツブツ言ってたけどソファーから起き上がれないくらい疲れている。
「ふざけんじゃないわよ。せっかくのチャンスなのに」
昨夜おそくにリビングの壁を突き破って入って来たトラック。
乗っていたのは車椅子のおじいさんだった。
運転席のおばあさんは天国に行ってしまったのに、まだ悪態をついている。
おばあさんが作った膝掛けを、ずっと握っている。
いつもの意地悪を言っても、おばあさんは帰ってこないのに。
ライフルに弾丸を込められないほど震えている指。
震えはきっと病気だけのせいじゃない。

あいつらは宇宙からUFOに乗って来たんじゃなくて、
怪しい研究所の試験管から逃げたのでもなくて、
もとは新しいあのショッピングモールからやって来た。

高台のアパートの近く。大穴にも巣を作りはじめている、あいつら。

広告には、ひとつで半L$、みっつで1L$って売り文句。
洗剤だった。あいつらはその箱に潜んでいた。
新発売ってワクワクするのは子供だけじゃないからね。
こんな田舎町に不釣り合いなくらい大きくて、きれいで、なんでもあるモール。
町中の車を停めても平気なほど駐車場は広かった。
楽しそうな音楽と、おどけたマスコットにみんな簡単に騙された。
CMの中の家族は大きな紙袋にたくさんの食べ物を詰め込んでいた。
最後に必ずこんな文字が流れて。
『ようこそ、みなさん。
私どもはあなたとご家族の期待を裏切りません!』


洗剤の箱から音も立てないで降り立つ、数センチの生物。
尽きない食欲。残忍な性格。小さな殺戮者。
まずは自分を大きくする為の栄養を摂取。
ガソリンを食べたヤツも多くて、げっぷするとひどく匂う。
チョコを身体に入れたヤツらなんかは空腹でフラフラしている幼児を甘い香りで誘った。
でも厄介なのは犬や人を選んだヤツらで、
筋肉も発達して強かったし、粗末だけど知性を持っていた。
最後にやって来たのは、モールで働いている外人さんだった。
ドンドンとドアを叩いて、僕らをすごく驚かせた。
汚れた制服に大きめのナイロンのバッグを大事に抱えていた。
片目の傷をタオルで覆っているけど、もう真っ赤だ。
言葉は分からなかったけど、おじさんとお兄さんの間くらいの年齢に見えた。

僕のママは、それでもマシってくらいのシンクの下に寝かされている。
部屋は散らかってるし、外に出られなくなって8日は経っているから、ひどい有様だった。
食料も少なくなっている。水も残りわずか。
はじめのうちは向かいのストアの食料を充てにできたけど。
バスタブには水を貯めてある。それでも唇が乾いてガサガサだ。
オシッコなんかは、勝手口からササッてやる。
生きた心地がしないからお腹にいつも違和感があるふうに思う。

こんな生活になって何日だろう。
最初は警察や有志が集まってあいつらを追い払うつもりだった。
バーの用心棒だとか、大きなバイクに乗った一団。神父様までいた。
ゴルフクラブやショットガンで武装して、
興奮した男の人たちは町を取り返せって叫んでいた。

彼らは分かっていなかったんだ。あいつらは学習するってことを。
少しずつ自分達の動きを封ぜられて、気持ちまでコントロールされてしまった。
恐怖に取り憑かれた人々は脆かった。
オモチャの兵隊みたいに簡単に壊れた。
大人たちは家に籠って神に祈るしかできなくなった。
ママは勇敢で、みんなに親切だった。
この町で唯一残ったろう車。バスなんだけど。
ドライバーのポチさんは大丈夫かな?
そうだ、ママの話しだった。
停留所の一番近くが僕らの家だ。
逃げ込んで来た人々を優しく招き入れたママ。
バスまでちょっとなのにヤツらはもう陣取っていたから、うちしか避難場所はない。
近づくとかぎ爪を鳴らして威嚇したり、飛びかかる真似をするヤツまでいる。
ポーチの階段の脇に隠れたヤツに背中を引き裂かれたママ。
それは一瞬の間に起こってしまって救うことはできなかった。
ママには驚きの表情しかなかった。まるで鍵をかけ忘れたって時みたいな顔。
きっと今でも身体が動かないことが信じられないんじゃないかな。
ママは森林警備隊の仕事に誇りを持っていて町では知らない人がいない。
美人な方だと思うけど、いい寄る男たちをサラリとすり抜けた。
もしかしたら仲の良い男友だちも居たかもだけど。
パパは何でママを残して出て行ったんだろう?
僕が疑問を投げかけられる歳じゃない頃、居なくなった。

外からは嫌な音で話すあいつらの声が聞こえていて、
怪物たちがお腹を空かせたら次こそ、もうダメだって思う。
僕は痩せっぽちだから骨ばかりで美味しくはないだろうけど、
あの変なのの口に入るのかな?
考えただけで吐き気がするし、怖くて頭をどこかにぶつけたくなる。
ほんの何秒か音が止んでギャッギャッてうるさくなって来た。
どんどんその声は大きくなって狂ったお祭りみたいだ。
10数匹の小さな悪魔たちは家の前まで来ている。
ファッファーン!
クラクションの音。
はじめは幻聴かな?って思っていたけど、わずかに地面からも響くのだから本当だ。
板を打ち付けた窓の隙間から大通りをのぞくと灰色のバスがこちらに向かって来ている。

あいつらを踏みつぶしてやって来る。
きっと髭面のドライバーは戦っていて、
車内から手招きしているはずだ。
おじいさんが言った。
「おい、あんた。あんたが先に行ってくれ」
制服の男の人は首を横に振った。
血が多く流れたからか顔が青い。
目線は女の人に向かっている。
「じょ、冗談じゃないわよ。あんたのそれ、まだ動くんでしょ?」
おじいさんの電動の車椅子を指さしている。
みんな恐怖で顔が引きつって、罵声が大きくなる。
ヒステリックな空気と怒気がミックスされる。
僕らを叱るくせに、大人っていい加減だ。
「やめろ!」
お兄ちゃんが大声を上げた。
「僕が一番はじめだ」
8つの目が13歳の少年を見つめる。
「あんたは大きいからおじいさんを抱えて走って。
お姉さんは、弟の手を引いて欲しいんだ。まだ小さくて心配だからね」
唖然とする大人たちなんか気にしないで、お兄ちゃんは続けた。
「これまで僕はパパが嫌いだった。
でも同じくらいママが嫌いだった。
いっつも人のことばかり心配して自分を後回しにするのは見ていて、つらかった。
野球をしていたのも意味なんかないんだ。
楽しくなかった。
ただ三塁から走って来るランナーにミットを叩き付ける時だけ気持ちよかったんだ。
でも分かったよ。
野球、もっとしたいよ。
できるならママにもう一度見せたい。それからパパにもね。
ママはやっぱり偉い人だった。すごいよ。震えが止まらないよ。
それでもママは戦ってくれた。
僕はキャッチャーだけど、この中では一番脚が速いから僕が行く」
いっぺんに話したことと大人たちの視線に、顔を紅潮させる。
お兄ちゃんは僕の方に向くとポケットから小さなメモを渡して言った。
「よく聞け。お前には黙っていたけど。
パパの住んでるところだ。
バスに乗って会いに行こう。
ママの最後を聞かせてやるんだ。
いいか。学校の方へ走るからな。逆に走るんだ。
みんなが安全ってところになったら、バスに走るから。
必ず会いに行こう、父さんに」
僕は涙があふれて、怖くて、嫌で、困って、
お兄ちゃんのベルトの端を離さなかった。
そっと僕の手を握ってベルトから遠のける。
「おいおい。おまえが僕から借りた5L$、まだ返してもらってないんだぜ。
お金は兄弟でもキッチリ取り立てるのは、一番よく知ってるおまえだろ?
ちょっと、そこ使わせてくれ」
両の脚を肩幅に広げ、左肩の服をちょっとなおして、片足を上げ、スイング。
昔いた大リーガーのバッティングフォームだ。お兄ちゃんの夢。プロリーガー。
その顔は真剣で何かを見つめていた。絶対に。
お兄ちゃんの顔はバットが振られる度に不思議とリラックスしていった。
僕はお姉さんの手を取った。
一瞬おどろいてたけど、お姉さんは強く握り返してくれた。
きれいなヒールを脱ぎ捨てて、ママのスニーカーを履いている。
涙で汚れたメイクはインディアン達のウォーペインティングのようだった。
おじいさんは猟銃に弾丸を込められた。
膝掛けは腰にきつく結ばれている。
これならハンティングの自慢話も嘘じゃないって思う。
男の人はバッグからたくさんの玩具とマンガ本を出して、
プラスチックの写真立てから一枚の写真を引き抜いて、胸ポケットに入れた。
きっと遠くに住んでいる家族へのプレゼントだったんだ。優しく床に置く。
おじいさんを抱えるから、諦めなきゃいけないけど後悔していない目だ。
「行くよ」
お兄ちゃんの声に皆はうなずく。
みんなにはそれぞれ扉があって、開けるのは自分ひとりしかいない。
材質の違うそのドアを、嫌な予感がしても、開かなければならない時がある。
きっと助けられないけど、でも横を向けば、踏み出せないその人に声くらいは届くと思う。
僕の立っているここから、できることだってあるんだ。


僕は覚悟を決めた。
Special Thanks
Missing Mall, Soap
Nullport - A Day or a Lifetime, Romero
Lux Debevec house, OldTown
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この記事へのコメント
言葉も出ないです……胸が…むねが…
Posted by shiki nagy at 2008年06月06日 11:40
タンクさん。今回も一気に読んぢゃいました!
SSのとこ、雰囲気いいですねぇ すきだ☆
SSのとこ、雰囲気いいですねぇ すきだ☆
Posted by kahimi at 2008年06月06日 12:57
。。。;;
Posted by さざん
at 2008年06月06日 16:38
at 2008年06月06日 16:38shikiさん
おはよございます。
『胸』見たぃとかそういうのでなくて?
パンダ-ランドとリンコしちゃったよぉ。
kahimiちゃん
おー!読んで下さいましたか。
ありがたぃこっちゃ。
ロケ場所は『続きを読む』に記載。
おススメだよ〜♪
さざん♪
またカナシイの書いちゃった?
このブログの人気は微妙だけど、ほそぼそやってくよ♪
おはよございます。
『胸』見たぃとかそういうのでなくて?
パンダ-ランドとリンコしちゃったよぉ。
kahimiちゃん
おー!読んで下さいましたか。
ありがたぃこっちゃ。
ロケ場所は『続きを読む』に記載。
おススメだよ〜♪
さざん♪
またカナシイの書いちゃった?
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Posted by タンク at 2008年06月07日 07:31
今回もグッと来ました!
臨場感がありつつも大人びた語りの少年が
悲しさを感じさせますね><。。
人物は映っていなくてもハッキリと思い描けます^^b
臨場感がありつつも大人びた語りの少年が
悲しさを感じさせますね><。。
人物は映っていなくてもハッキリと思い描けます^^b
Posted by KaZu at 2008年06月07日 14:30
KaZuさーん♪
グッですか?
やたー(マシオカ風)
実はねー人物ちゃんと撮りたかったんですけど。
おじいさんスキンとか、いい感じの少年シェイプがなくてー。
それにライダー編よりも前に書いたものなんですー。
いつも同じ感じのしか書けませんけど
またアップしましたら読んで下さい!
グッですか?
やたー(マシオカ風)
実はねー人物ちゃんと撮りたかったんですけど。
おじいさんスキンとか、いい感じの少年シェイプがなくてー。
それにライダー編よりも前に書いたものなんですー。
いつも同じ感じのしか書けませんけど
またアップしましたら読んで下さい!
Posted by タンク
at 2008年06月08日 16:44
at 2008年06月08日 16:44参りました。
Posted by RYUJI at 2008年06月09日 12:42
RYUJIさん
おはいよござーます♪
とんでもねぇでげすよ。
こうやってコメントを下さる方がおられますと
私も、また書いちゃおうかなーとか思います。
なんていうのでしょう?
こう『独りよがり』『自慰的』に
ならなきゃーいいなぁ〜とも思います。
優しく、厳しく、お付き合い下さいまし♪
(優しさ多め麺やわらかめがぃぃです。はぃ)
おはいよござーます♪
とんでもねぇでげすよ。
こうやってコメントを下さる方がおられますと
私も、また書いちゃおうかなーとか思います。
なんていうのでしょう?
こう『独りよがり』『自慰的』に
ならなきゃーいいなぁ〜とも思います。
優しく、厳しく、お付き合い下さいまし♪
(優しさ多め麺やわらかめがぃぃです。はぃ)
Posted by タンク at 2008年06月10日 10:19

